私たちが元気になるきっかけはどこにあるのでしょうか?

最近「達成感」が薄れてきているように思うのは疲れてきているためなのでしょうか

こんなことを書くと、患者さんやご家族に申し訳ない思いでいっぱいになります

 

――少し振り返ってみます

 

☆病棟を開設して間もない頃です

40歳代の女性が入院されました

がん治療がつらく、病気に関してもストレートな表現で説明(たとえば「奇跡はおきないよ」など)を受けてこられて、心身ともに傷ついている印象でした

若い息子さんが付き添ってこられていましたが、彼も同じような気持ちだったようです

言葉や態度に医療への不信が滲み出ていました

 

病状から考えてそう長くは頑張れないと判断されました

初対面の時から今後の長くはない時間でのお付き合いを大切にする必要がありました

前の医療機関を超える関係づくりが求められ、スタッフは頻繁に患者さん、息子さんと話し合いを持ちました

彼女には入院中にどうしても実現させたい夢がありました

息子さんや知人、スタッフみんなでなんとかしようと努めましたが、残念なことに私たちの努力以上に病気の勢いが勝り実現はできませんでした

しかしこの中で息子さんの思いを幾度となく聞きながら一緒に取り組んできたことが、彼の気持ちに変化をもたらしたのかもしれません

 

1か月たらずの闘病の末に患者さんは旅立たれました

最期を迎えた日、息子さんはいくつかの言葉を残されていました

「医療系の仕事ってたいへんですね」

「苦しまなくてよかった」

「いい歳して泣いてしまいました…ありがとうございます。ここからは切り替えていきます。母に心配かけないように…一人で何でもやっていかなきゃいけない…」

担当の看護師さんはその言葉を聞きながらいっしょに荷物の整理をしてくれました

 

四十九日を終えられたある日、息子さんがナースステーションにあいさつにこられました

元気そうです

「一人でやれていますよ」

 

最後に言われたことが私を元気づけてくれました

『…この病院に移ってよかったって思います』

 

 

☆もう一人のお話もしましょう

高齢の男性です

入院されてた病院から移ってこられたとき、いくつかの症状で苦しまれていました

私たちは患者さんの苦痛をまずなんとかしようと資料を調べたりしてその日のうちにある程度の苦痛を軽くすることができました

表情が穏やかになりました

 

でも病状はかなり進行しています

数日後には意識も低下してきました

1週間と少しで旅立たれました

短いお付き合いでした

 

最期に苦しみから解放されたことでご家族は安心されたようです

 

お見送りのためにともにエレベーターに乗ったとき、娘さんが私に耳打ちしてくださいました

『このような病院がいっぱいあればいいのにね…』

 

今思うとそれぞれのご家族はなにげなく話されたことなのかもしれません

しかし、私たちにとっては「最高の褒め言葉」だと受け止めました

 

 

ささやかなことが日々の疲れを癒してくれます

元気の源の一つです

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病棟をオープンして5か月半
やる気満々でスタートしました

しかし、ここにきて悩みが増えています

当初は「緩和ケア」あるいは「緩和ケア病棟」への理解の仕方に病院内で温度差があり、戸惑う毎日でした
今はそのようなことも少なくなってきています
(課題は山積みですが)

今回ぶつかっている問題は、きっとどの施設でも開設時には悩まれたことばかりだと思いますが、いざ自分がその立場になるととても苦しくなります
順不同であげてみます
――「弱音」と受け取られるかもしれませんが、決して自分ではそのようには考えていません
むしろ越えなければならないハードルだと捉えています

・薬の使い方は決して教科書通りにはいかないものだと実感
ある本の著者は次のように書かれていました
「緩和の難しい苦痛に遭遇し、本を調べて得られることでは太刀打ちできないというケースにたびたび遭遇しました」
ほんとにその通りでした!
・病院によって治療の方法、薬の使い方があるいは大きく、あるときは微妙に異なるということに気づいた
上記の著者の言葉を再度引用します
「さまざまな事例に対処できる臨床は個々の臨床家が経験の中で培った小さなノウハウの集積であるのだな…」
・私も含めてスタッフの知識や経験、力量に差があることからスタートせざるを得なかった
急性期医療のスタイルや感覚からの脱却が求められたし、自分よりも臨床の経験が豊富なスタッフたちへ迷惑をかけてきたことを反省しています
一層のチーム内でのコミュニケーションが求められています
・勉強には限界がないことを痛感、そして我流でもだめなことも
相談に伺ったある先生からは「ノウハウでなく、なぜこの薬をこの順番で使用するのかを文献にもあたって考えなさい」とアドバイスを受けました
真摯な気持ちで取り組みたいと思います

悩みが大きくて体調を崩すこともありました
ひょっとして自分には向いていないんじゃないのか、他の先生ならもっとうまくできたのじゃないかなどと思うことも正直なところありました

しかし、責任をすべて引き受けた限りは形ができるまで全うする覚悟は持ち続けています
困りごとから目をそらさない姿勢は大切にします

先人から見ればささやかな悩みなのかもしれません
ずっとあとになれば同じことで悩んでいる同業者にはきっと何とでもなるよとアドバイスができることでしょう

それまではもっともっと悩みながらいい病棟を作っていきたいものです

まわりには話を聞いてくれたり、相談にのってくれる仲間がたくさんいるのですから…

――歯科の衛生士さんから文章をいただきました

担当を始めて1年になる○○区在住のA様、歯周病の治療で定期的に来院されていました
ある日の来院でA様は、最近忙しくて(歯を)磨けていないんです
出血があります
と言われました

お口の中を確認してみるといつもきれいに磨かれているのに、普段と様子が変わり、炎症が強く現れていました
話を伺うと、今年の夏は忙しくて・・・・・・・・・・、実は父親が亡くなりまして……

ゆっくりとA様は振り返るように話されました
父が緩和ケア病棟でお世話になっていたんです
その父が夏に亡くなりました
本当に短い期間だったけど、協同病院の緩和ケア病棟の方々にはよくしてもらいました

私はA様の思いをどのように受け止め、話を返せばいいのかわからず、ためらいながらも大変だったんですね  としか言葉をかけるしかできませんでした

私は歯科に来ている担当患者様が、協同病院の緩和ケア病棟を利用していたということを知ったことが、私にとっては、遠い存在だった病院を、とても身近に感じる出来事となりました

患者様を通して協同病院と協同歯科が繋がっているということや、
自分の働く神戸医療生協が緩和医療を行なっていることを誇らしく思いました

涙を浮かべながらも語られたA様は、またこれからも宜しくお願いしますと最後は笑顔で帰っていかれました

協同歯科 歯科衛生士 S

(栄養士さんからのお話)

お酒とタバコが大好きだったある男性(Aさん)は、自分で食べたいものを買われることが多かったため、栄養科からは希望のある時に合わせてお食事をお出ししていました。

ある時お部屋に伺うと、お酒の話に。

緩和ケア病棟では、お酒も楽しめます。(もちろん酔っ払いは厳禁ですが)
一般病棟から移ったばかりのAさんにそのことを伝えると、Aさんの目がぱっと光りました。

「僕、お酒大好きなんですよ。」

聞けばAさん、かなりの酒豪だったようで、入院前はジョッキ5・6杯は軽々飲んでいたとのこと。病気をきっかけに徐々に飲みづらくなり、病気になってからは飲酒後に一度熱を出した経験から怖くて飲めなくなってしまったとのこと。

「ここでなら、病院だし、安心して飲めますよね!せっかくお酒飲むんだから、酔っ払うまで飲みたいなあ。病院で飲んだら、帰る心配しなくていいですよね!眠剤も飲まなくていいし・・・酔っ払ってベットに倒れこむ・・・!今日からの人生の楽しみができました。」

私もお酒が大好きなので、同じお酒好きとしては、酔っぱらう楽しさもよくわかる。でも…うーん。そんなに酔っ払うまで飲むのは、先生がOKしてくれるかなあ・・・?

先生に確認したところ、お酒はビール1~2杯にしましょうということになり、それを伝えにいくとAさんは「それでもいいです。」と笑顔で答えてくれました。

そして当日・・・薄く雲のひろがる、風が気持ちいい絶好のビアガーデン日和。
私は夕方頃から簡易のイスと机を屋上に引っ張り出し、調理師さんたちが昼休みに材料を買いに行って作ってくれたばかりの揚げ物やサラダを並べます。

Aさんは、私が部屋にお迎えに行くと、いそいそ楽しそうに焼酎のカップ酒を取り出します。あれ?ビール1~2杯じゃなかったかな?焼酎のほうがアルコール度数高いんだけど・・・大丈夫かな?

担当の看護師さんが「後で行くからね。」と声かけしてくれ、さっそく乾杯し、ビアガーデンスタート。

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「今から病院でビアガーデンするんやって会社の上司に電話したんですよ。そしたら絶対嘘やって言われて。本当なのにね。」

Aさんはうれしそうに話してくれます。

病院の屋上から空を眺めていると、飛行機が何機も飛んでいきます。お酒とおつまみを食べながら、Aさんはいろいろな話をしてくれます。飛行機が好きで、一度だけタイに行ったことがあること。中学時代はこのあたりが地元で、新長田の南側の景色はちっとも変わらないと思うこと。Aさんは独身ですが、結婚の話も少ししてくれました。昔は結構遊んでいたようです。

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病院の南側は海なので、飛行機以外に時折船が通りすぎていくのも見えます。
外で飲むお酒はおいしい。

こうしてAさんは、協同病院でビアガーデンをした第一号の患者さんになりました。

少し寒くなってきたので、そのあとは院内に移ってお酒を飲みました。主治医の先生をはじめ、MSWや病棟の看護師さん、色んな人が来て、一緒に食事を食べました。

「入院して、誰かと食べる食事が一番美味しいというのを本当に感じました。おいしいものも、一人で食べるより、誰かと食事をするほうがずっとおいしく感じます。」

Aさんは結局この後、チューハイも1本開けて楽しそうにみんなと話をしながら飲んでいました。

「また、ビアガーデンしましょうね!」

次の週に訪問すると、Aさんはそう言いました。

Aさんは、本当にお酒とたばこが大好きでした。

食事には体に栄養を補給するということと同じかそれ以上にコミュニケーションを図る力があります。それは心の栄養の栄養になります。

「楽しみが増えました。」

Aさんは食事のメニューや食べたいものを提供できるように私が提案すると、いつもそう言ってくれました。

ワードローブにたくさん詰め込んだおつまみをうれしそうに見せてくれる姿と、焼酎をおいしそうに飲む姿が、ずっと残っています。

 

とても印象に残った試みだったので、
無理なお願いをして栄養士さんに投稿
していただきました!

真夜中に患者さんとのお別れをしたあと、ようやく家にたどり着いてひと眠り

ゆっくりと目覚めて休日の日課になっている喫茶店へ行きました

モーニングサービスとアイスオーレがお目当てです

 

4人がけのテーブルにつくと、巨大なガラス窓から公園が見えます

澄み切った青空、気持ちのいい秋の朝でした

お店手作りのリンゴジャムをトーストにのせて、しばらくはこの雰囲気を味わいました

 

……少し前に看護師さんたちとかわした真剣な議論の場面がよみがえってきます

テーマは「緩和ケア病棟での輸血をどう考えるか?」でした

とってもむずかしいテーマです

直截的なことばでの議論とともに、少し水割りをされたことばのやりとりも必要です

 

私たちの病棟を開設するとき入退院基準なるものを提案し、今もそれを基準にしています

輸血に関しては、「大量の消化管出血をきたし、輸血を頻繁に必要とされる場合には一般病棟での治療をお願いする」ということが了解事項でした

入院基準にも入院適応とならない場合のひとつとして「多量の輸血療法」とあります

かなりぼやかした表現です

 

患者さんは出血がつづき急性期病棟では頻回の輸血でしのいでこられていました

目に見える出血がなくなり、輸血も当分はしなくてもよくなり、緩和ケア病棟に移ってこられました

しばらくは落ち着いた日々を過ごされていました

しかししだいに(出血のサインはありませんが)貧血が進行、同時に全身倦怠感が増加、血液検査をみながら輸血の再開です

病状の進行とともにしんどさが増し、輸血の頻度が増える可能性がでてきたときの議論でした

「患者さんからは不安もあり、輸血の回数を増やす希望が出されています」

「輸血の条件として一応はヘモグロビンが7.0以下を基準にしています」

「大量・頻回の輸血が必要となったとき緩和ケア病棟ではどこまで行えばいいのかの基準はありません」

「輸血後の患者さんのADLや表情は明らかによくなっており、緩和につながっていると評価できます」

「しんどさに対してステロイドなどの他の手段はすでに行われており、有効な緩和の方法は考えにくい状況です」

「急に輸血の希望が出されたときの対応や判断に困る可能性がでてきました」

「何回以上となれば一般病棟へなどのような明確な基準はつくれないものでしょうか」

「かりに一般病棟へお願いしたとして、受け入れる側の病棟はどのように思うでしょうか」

などそれぞれから多くの意見が出されました

簡単には結論が出ません

 

この議論を終えてから後日いくつかの文献にあたってみました

 

(1)「日本ホスピス緩和ケア協会」ホームページのQアンドAから

「通常の診療は患者さんやご家族の希望に応じて、今までと同様に継続して行います。…輸血など全身状態を維持するために必要な検査や治療は行います」

 

(2)私たちが教科書にさせていただいている「トワイクロス先生のがん患者の症状マネジメント」より

―緩和ケアおける非緊急性の輸血―

適応

一般に、次の基準すべてに適合しているときに行うべきである:

  • 貧血に起因した症状、例えば、労作時に疲労感、脱力感、息切れが起こり

・それらが患者にとり煩わしい

・日常生活を制約する

・輸血により是正できる可能性がある

  • 輸血の効果が得られ、その効果が少なくとも2週間は持続すると期待できる
  •  患者が輸血とそれに必要な血液検査を受け入れている

禁忌

  • 既往の輸血で利益が得られていない
  • 状態からみて、患者の死が差し迫っている(超終末期である)
  • 患者の死を遅らせるだけという表現があてはまる輸血である
  • 「何かしなくてはならない」と思う家族からの要求を根拠とした輸血

 

輸血は、元気さ、体力、息切れの点で75%の患者を助ける。

ヘモグロビン値が8g/dl以下の患者にも、8~11g/dlの患者にも、同

じ程度の利益をもたらす

(3)厚生労働省の指針(平成24年3月改正)より

使用指針:慢性出血性貧血

「消化管や泌尿生殖器からの、少量長期的な出血による高度の貧血は原則として輸血は行わない。日常生活に支障を来す循環器系の臨床症状(労作時の動悸・息切れ、浮腫など)がある場合には、2単位の輸血を行い、臨床所見の改善の程度を観察する。全身状態が良好な場合は、ヘモグロビン値6g/dl以下が一つの目安となる」

 

末期患者への投与

「末期患者に対しては、患者の自由意思を尊重し、単なる延命措置は控えるという考え方が容認されつつある。輸血療法といえども、その例外ではなく、患者の意思を尊重しない単なる時間的延命のための投与は控えるべきである」

QOLの維持・改善のためにできることを考えるのは当然です

「トワイクロス先生」の基準・適応にあるふたつめの●、「効果が少なくとも2週間持続する」という判断は絶対的なものなのでしょうか?

さらには、厚労省の指針の「末期患者への投与」は「不適切な使用」の項目にあげられていました

「不適切」という表現と「患者の自由意思」、矛盾しないのでしょうか?

 

……ますます難しくなりました

当院としての基準づくりにはまだまだ経験と議論が必要なようです

さて再度今回の話し合いのまとめです

「倫理的な面から考えると一概に病院の基準として○週に○回などと決めることは難しい」

「輸血が有効な緩和方法となっていないと判断される場合には、医師から今後の方向性の説明をして患者さんと相談する」

「輸血は本人の体感や希望で行うものではなく、血液検査などの根拠をもって行う」

そして、

―輸血にかかわらず、治療の方向性や看護の方向性については、医師・看護師にかかわらず各個人の考え方が存在する。どの考え方が正しいともいえないため、カンファレンスを行い、意見を出し合って話し合いの上で方向性を決めていく―

というところに落ち着きました

当然決定は医療者だけでなく、患者さん本人やご家族との十分な話し合いが前提となります

短い時間でしたがとても有意義な議論となりました

これからも困難を感じたときにはみんなで話し合っていくことが大切だと実感しています

20151020