クリスマスを数日後に控えた土曜日の午後

4年目をむかえた病棟のクリスマス会が開催されました

 

何日も前から準備を重ねてきたスタッフたち

心待ちにされていた患者さんたち

 

ベッドでの参加が多かったので

2部にわかれて行われました

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案内状です

 

まず

私のいつもの余興

 

その後にフルートの素敵な演奏会

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みなさん手をたたきながら…

口ずさむ方もいました

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アンコールがあり

終わってからも

カラオケ大好きな患者さんの

独演会が…

“王将”です

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それぞれの記念撮影があり

ボランティアさん手作りのデザートあり

 

いつまでも余韻に浸れる集まりとなったことでしょう

 

患者さんとご家族の

いつもとはちがう笑顔が見られたことで

とってもほんわかとした気持ちになりました

 

 

以下は各病棟のクリスマスツリーです

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回復期リハビリ病棟です

時々、この横にある椅子に患者さんが座られています

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3階病棟

イルミネーションがまたたいてきれいでした

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4階病棟

こちらは雪景色です

 

そしてわたしたちの

緩和ケア病棟のツリー

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それぞれの病棟ごとに特徴がみられました

 

 

「緩和ケア」という雑誌があります

毎回関心の高い特集がされていて、とても勉強になっています

その雑誌の増刊号で「緩和ケアの魔法の言葉」が発行されています

なるほどなあーと思われる言葉がたくさん載せられています

 

このたび患者さんやご家族から私が勇気づけられた言葉のいくつかをご紹介します

お見送りをさせていただいたとき、言葉をかけていただき、「あ~よかったな」と気持ちが和むことがあります

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「ここに入院できてよかったです」

苦痛の緩和が十分にできず毎日悩むことがありました

先輩方に相談しても、患者さんすべてに共通することはないのだと思い知らされることもありました

さいごには鎮静のもと、旅立たれた患者さんも少なくありません

そんなとき、ご家族からの一言で救われた気持ちになりました

どのような場面でもあいさつとして話される言葉かもしれませんが、私にとってはほっとする一言でした

 

「こんな病院がもっとあればいいのにね」

患者さんといっしょに帰っていかれるとき、娘さんが私のそばにこられて、そっと耳打ちされました

思わず頭を下げました

不意打ちの言葉でしたが、とてもうれしかったことを覚えています

 

「こんどは私がお世話になります」

そのまま受け取るとなんと怖い言葉かと思います

でも実際には

お亡くなりになった患者さんのご家族、親類、友人が入院してこられることがけっして少なくありません

面談のときにも、「あの人の友達でした」とか「親族です」との話が時々出てきます

選んでいただけてとてもありがたいです

しかし現実はホスピスをもっと自由に選択ができるという医療状況ではありません

市内の限られたベッド数を考えると、私たちの緩和ケア病棟に来られる確率が高いのは確かなことでしょう

面談まで、入院まで長く待っていただかなければいけないことに矛盾を感じています

 

☆家族会に参加された息子さん

入院中はケアの方針をめぐって毎日のように話し合ってきました

さいごの時にもわだかまりがあるような表情をして帰っていかれたことが強く心に残っていました

1年ほどたった家族会(遺族会)にやってこられました

穏やかな表情で、大切なご家族のことを話されていました

参加していただけたこと

とてもうれしく思っています

 

「こんどはボランティアでかかわりたいです」

入院中ずっとご主人に付き添われていた奥様

お元気そうでした

「今は毎日いろんなところにでかけて、友達といっぱい美味しいものを食べて充実しています」

「こんど時間のあるときに、ボランティアをさせてもらいたいなあと考えてます」

ぜひお願いしたいのですが、お忙しそうなのでまだ声をかけることができていません

 

「生意気なことを言ってすみませんでした ありがとうございました」

さいごの時をどのように迎えていただくか、ご家族と相談をしました

「そんなこと今考えられません!」とご家族たち

たしかに酷なことを聞いてしまったなと思いながらも

これからの大切なときをどう過ごされるか

私たちと患者さん、ご家族のみなさんがいっしょに

共有できればと

考えました

――時間をかけないといけないなあ

と思いつつ

その後も何度かご家族とはお話をさせていただく機会をもちました

患者さんへの想いがつよく

私たちとしっくりいかないと感じる瞬間もありました

 

いよいよのときを迎えられ

みなさん交代で、ときにはたくさんの方が

そばに付き添われ

お声をかけたり

手を握ったり

されました

 

旅立ちのときに

娘さんが私に告げられた一言でした

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私のほうこそ色々と学ぶことが多く

「ありがとうございました」

とやっとのことでお返事ができました

 

 

緩和ケア病棟では

多くの方はよくなって退院されることがありません

 

悲しみや後悔

様々な気持ちが渦巻いています

 

私たちもいっしょに過ごしたひとりとして

感じることがたくさんあります

しかし医療に携わる者としては

感情の波に容易く流されることは

よくないとも思います

 

そんな矛盾のなか

お見送りをしたあと

空虚な気持ちがまとわりつくこともありました

 

このようなとき

ご家族の一言で

霧が晴れるように

心が一変することを

なんどか経験しています

 

そう

ちょうど

“魔法の言葉”

のようです

 

だから今まで

続けてこれたのでしょうか

 

 

こころが渇きそうになったとき

思い出す言葉の数々です

 

 

 

■ある日退院を控えた患者A子さんのお宅を訪問させていただきました

 

A子さん、担当の看護師さんと理学療法士さん、そして主治医である私の4人は車で出発

現地(つまりA子さん宅)ではケアマネジャーさんが待っていました

 

きっかけは次のようなことだったと思います

 

痛みが強くなり、一人暮らしの不安が重なり、ご自宅での生活が困難となって入院してこられたA子さん

入院後はモルヒネの効果と看護師さんたちの献身的なケアで症状が落ち着きました

 

そうすると家が恋しくなります

「1か月か2か月かもしれないけれど、いちど家に帰りたい」との想いが強くなってきました

 

入院中のリハビリで独歩での歩行が可能となり、階段の練習も済ませました

 

カンファレンスでは

ほんとに大丈夫なのかしら

一人暮らしはできるのかな

などの意見があり

それじゃ関りをもったスタッフで家庭訪問をしましょうということになった次第です

 

 

住居は2階

急な階段があります

雨の時には屋根がないので濡れる覚悟

A子さんはしっかりと一段ずつのぼっていきます

 

お部屋はきれいに片づけられていました

 

私たちの目でみると

―室内には段差はないけれど、トイレは手すりがない

―浴室は深い浴槽、手すりなし

―もともと布団での生活だったので、当然ベッドはなし

などの課題が見えてきます

 

とくにこれからの病状悪化を考えるとベッドは必須のようです

 

でも、

A子さんは

「私はこの生活に慣れているのでこのままでも大丈夫よ」

と、ベッドの設置を受け入れていただけません

 

ケアマネさん、看護師さん、理学療法士さん、そして私も口々にベッドの必要性を話すのですが乗り気ではないようです

結局退院してから考えようということになりました

 

薬は自分で管理ができる

買い物はヘルパーさんの付き添いで車いすで可能

準備が整いました

 

やっと退院の日

「またお世話になるでしょうけれど、できるところまで頑張ります」と笑顔で帰っていかれました

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退院後は訪問看護、訪問介護、私は訪問診療を約束しました

 

 

■私が患者さんの退院前のご自宅訪問を意識したのは、つぎのような出来事がきっかけでした

医師になって数年が経過した頃です

 

何度も入院を繰り返される80歳台の女性の患者さんがいました

病名は毎回「心不全」です

 

入院後は薬の調整で回復します

 

しかし1か月もすればふたたび同じ状況でもどってきました

薬は?・・・きちんと飲めているようです

 

心配なことは一人暮らしであるということ

といっても、独居の患者さんがみな同じように悪くなっているわけでもありません

 

「いったい何が問題なんだろう」

 

患者さんと話をしていても問題点は見つかりません

カンファレンスでも対策は決まりませんでした

 

そのとき

ベテランの指導医から

「患者さんの生活状況を正しくつかんでいるの?」

と質問が出されました

 

私は患者さんとの会話で得た情報を報告しました

 

ふたたび指導医から

「患者さんとの会話は大切だけど、実際に自分の目で確かめることも必要じゃないのかなあ」

とのアドバイス

 

看護師さんと相談をして患者さんを連れてご自宅を訪問しました

 

そのときまで

私は自分の働く病院の周辺のことには無関心で

まちの名前を聞いても見当がつかない状態でした

 

車いすを押しながら

初めて見るまちの景色

 

患者さんの家は意外と近くでした

 

 

そこで目にしたことは、人によっては些細なことであり、そんなことは常識じゃないのと言われることでありますが、私にとってはカルチャーショックそのものでした

 

患者さんはアパートの2階に住んでいることは聞いていました

―「2階って聞いていたけど、じっさいの高さは3階くらいだ!」

「それにこの急なコンクリートの階段!」

―お風呂がついていない

患者さんはきれい好きです

「毎日銭湯に通うの?」

―買い物は?

「毎日・・・」

「買い物かごをさげてこの階段をのぼるのか・・・」

当時まだ介護保険制度のなかった時代です

自分ですべてをしないといけません

―「病院には毎週きてもらっていたね」

 

少なくとも1日2往復、多い時には4往復

急な高い階段を上り下りされていました

 

 

行ってみてわかったことです

 

病院に帰り

カルテに書いたプランの第一は

“引っ越し”

でした

 

いままで薬や注射、安静度の指示はずいぶんと書いてきました

しかし

“引っ越し”なんて指示は

初めてのことです

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すぐにソーシャルワーカーさんと相談し

区役所にも話をつけて

引っ越しができました

 

それからというもの

患者さんの入院回数が激減したことは

言うまでもありません

 

 

このことを通じて

「困難をかかえた患者さんの生活を見せていただくことは、検査結果から病状を判断することと同じくらい大事なことなんだ」

というのが

私のポリシーとなったわけです

 

同時に研修医のときから

病院の訪問診療に携わることができていたことも

比較的気軽に出かけようという気持ちをもつことができた要因の一つでした

 

暑い夏

看護師さんとならんで

自転車をこいで

患者さん宅に向かうことは

とってもつらかったのですが…

 

■入院での療養と自宅での暮らし……何がちがうの?

 

医療者やサービス提供者の視点と患者さんの視点

矛盾を感じることが時々あります

 

  • 見てみないとわからないことがあります

・ある患者さんは医師の診察では横になっていないといけないと思い、実際には室内歩行が可能なのに往診時にはいつも布団に入っていました

・私たちは自分の暮らしている家庭を基準に考えてしまいます

実はそこに大きな誤りがあり、患者さんたちは医師や看護師の住まいとは異なる環境にいることが多いのです

玄関を開けるとすぐそこで寝ている患者さんがいました

・先に記載した心不全の女性、まさにその通りでした

・時にはトイレやお風呂、部屋の段差など見える場所だけでなく、見えないところ(例えば冷蔵庫の中)も見せていただく図々しさがいることもあるのではないでしょうか?

 

  • 医療の視点とともに生活の視点も大切です

・リハビリで歩けるようになった患者さんがいました

でも退院後寝たきりにもどりました

ご家族がすべて生活に必要なことを行い、患者さんの役割がなくなってしまったのです

・反対に自宅ではきっと寝たきりだろうと思われていた患者さん

お部屋の中には物がいっぱい

つかまるところがたくさんあり、トイレまで自分で行けるようになりました

・患者さんがどのように生活をされるのか、退院前にその具体的なイメージを持つ訓練が求められていると思っています

 

  • 患者さんが何を求めているのかを率直に聞ける関係づくりが必要です

・介護サービスがたくさん利用できればいいと思ってしまいがちですが、患者さんの中にはそこまでの内容を求めていないことがあります

A子さんの介護ベッドもそうでした

お互いに遠慮があれば、また医療者の押し付けがあれば、患者さんの思いとすれ違いを生んでしまい、満足のいく在宅生活が送れなくなることがありま す

・以前にブログで書きました高齢者の二人暮らしの方、本人たちの気持ちがどこかへ行ってしまった例です

 

  • 在宅医療は入院医療の延長ではありません

・「在宅は病院のベッド、家までの道のりは病院の廊下」と言われていた人がいました

私は決してそうではないと思っています

入院での医療処置が在宅でもたくさん可能となったことは喜ばしいことです

かといって在宅医療は入院医療の単なる「延長」ではありません

・大切なのは患者さんの生活の場で診ていく、感じていく、ともに過ごしていくことではないでしょうか

・最近読んだ小説の一文(*注)をご紹介します

「在宅医療の医師は踏切番のようなもの」「病気が悪くならないように見張りをして、患者がより良い最期を迎えられるように気を配る」「在宅医療のいいところは、患者や家族の人生に触れられるところ」

とありました

共感する所が多いです

(注:「告知」久坂部 羊著 から)

 

 

■その後のA子さんは……

 

少しの期間自宅で過ごされ

ふたたび症状が悪化

再入院となりました

 

わずかではあってもご自宅にもどれ、自由な時間を持てたことが

喜びになったと言われていました

 

 

緩和ケア病棟からご自宅に退院される患者さんのすべてを訪問することはできませんが、少しでも安心できる環境が実現できるよう、これからも努力を重ねていきたいと思っています

 

また私たちの手の届かないご住所にお住いの患者さんについては信頼できる地域の先生方にお願いをさせていただいています

今後もよろしくお願いいたします

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