仕事を早めに終えて患者さんのおうちを訪ねました
奥様との二人暮らしです
この方は入院中ですが、入院生活にともなう様々なストレスがたまり、「気分をかえるためにいちど外泊をしたい」と希望されました
入院中は夜間に転倒されることが度々あり、安全の確保という点でスタッフの大きな悩み事でした
移動のときにはかならずナースコールを鳴らすようにお願いしてもついつい歩いてしまいます
行動を制限されることはどのような人にとってもストレスフルなことです
そのような状況がつづき、外泊をしてみようということになりました
困ったことがあれば連絡をしていただくことにしていましたが、一晩、二晩、三晩たってもまったく連絡がありません
どんな生活をされているのか訪ねてみることにしました
…………
いままで一般病棟を経験し、在宅医療にたずさわる機会がありました
そのときの教訓のひとつが、『困ったときには患者さんの生活を見よう』でした
30年ほど前のことです
長期の入院となった患者さん
一人暮らしということはわかっていましたが、帰れないという評価ではありませんでした
しかしご本人は「帰れない、帰りたくない」と言います
患者さんもふくめて何度かみんなで話し合いをもちました
結論がなかなかでません
ちょうど「在院日数」という言葉が経営面での課題となってきたときです
困り果てました
そのとき、ふと「いちどおうちをみにいこう」と思い立ち、提案しました
事務の職員さんが運転手、私と看護師さん、それに患者さんもいっしょに自宅訪問です
長屋のはしっこの部屋
玄関の戸をあけるとそこはすぐに部屋
四畳半くらいの一部屋だけ
ベッドなんておける状況ではありません
まだ介護保険もない時代でした
――このような環境で暮らしてこられたのか…
私たちは「家」というと自然と自分が暮らす「家」を想像してしまいます
ワンルームマンションに住んでいる人はワンルームマンションなりに、一戸建てにいる人はそれなりに…
いろんな「家」があるということを忘れがちです
この環境に無理に帰すことは厳しいなと思いました
面倒を見てくれる人もいません
時間がかかりましたが、結局患者さんは高齢者施設に転院となりました
…………
さて現在にもどり
訪問したときの状況です
病状には変化がありません
自分の見慣れた環境、使い慣れた椅子やベッド、目をつむっても両手をのばせば壁伝いにトイレに行けること、などなどたくさんありました
穏やかな印象を受けました
スタッフと相談しました
「入院生活でのストレスを考えると自宅での療養のほうが望ましいのでは」という意見
しかし、ご本人やご家族は、「もし自宅で何かあったときのことを思うと不安が大きいです」
ご自宅は私たちの病院からは遠く、往診をお願いできる先生や訪問看護の依頼先をさがすことも検討しなければいけません
しかし悩んでいる間に病状が急に進行
残念ながら間に合いませんでした
悔やまれることが多かったのですが、これからも同じような課題をかかえた患者さんが入院してこられるでしょう
このたびのことを教訓にしなければと思っています