最近患者さんへの「病名の告知」に関して考えることが何度かありました
私たちの緩和ケア病棟の入院基準には「原則として病名の告知がされていること」という一文があります
絶対的なものではないのですが、入院されてから「わたしはなぜよくならないの?」「ここでは治療はしてもらえないの?」と話される患者さんがいたことから基準として付け加えることになりました
また「緩和ケア病棟の役割」についても面談時に説明を行っています
ご家族にこのお話をするとき、「告知されるとショックを受けるから」「病気を受け止めきれないから」「きょうだいが同じ病気で亡くなり、はっきりと告げると気持ちが落ち込んでしまうから」と積極的なお気持ちになられないことがあります
これまで専門病院で癌治療を続けてこられた患者さんの場合はそのようなことはほとんどないのですが、病気がみつかってもすでに手術や抗癌剤などの積極的な治療が望めないときに、ご家族たちは途端に悩まれることになります
私もそのお気持ちは十分にわかります
今から25年ほどまえのことでした
私は小さな内科中心の病院で働いていました
患者さんは様々な病気で入院してこられます
急性期治療を必要とされる患者さん
糖尿病のコントロールが必要となった患者さん
ときには診断が難しい患者さんがいました
免疫不全の患者さんでした
癌の患者さんもいます
高齢の女性でした
ご主人はすでに亡くなられ
ふたりの息子さんたちと同居していました
体調不良で入院され、検査で膵臓に癌が見つかりました
すでに進行しており治療は難しい状態でした
いつもならここでご家族にまず説明と相談をするのが当時のやり方です
しかし息子さんたちは精神疾患で治療を受けておられ
ありのままをお話してしっかりと受け止めていただけるか心配な状況でした
一方で、お母さんである患者さんは、息子さんたちのこれからのことを心配されています
病院では少し前から入院患者さんへの「カルテ開示」を行なっていました
看護師さんの日勤時間帯にベッドサイドにカルテを置かせていただき
患者さんやご家族が自由に見ていただくことができます
さらにご自分の意見や思いなどを書き足していただくことも可能でした
当時の医療状況から考えると先進的な取り組みではなかったかと思います
――この患者さんの場合どうしようか?
みんな考えました
――カルテ開示は何のためにしているの?
――自分たちの自己満足でおわったらダメだと思います
などの意見
時間をかけた話し合いの結果
カルテの開示は患者さんのため
病名の告知も患者さんのために必要
という結論になりました
主治医である私と受け持ちの看護師さんとで患者さんに話をすることになりました
患者さんはご自分の病気はすべて教えてほしいと言われていました
「○○さんにとってうれしくない話になるかと思いますがよろしいでしょうか」と切り出しました
患者さんは落ち着いて私や看護師さんの話を聞いてくださいました
しっかりと受け止めていただけたようです
そして
「息子たちはどうなるのでしょうか?」
と、ご自分のことよりも息子さんたちのことを気にかけられました
息子たちにも伝えてほしいと望まれ
後日息子さんたちにも病状をお伝えしました
私たちが予想していた以上に動揺されました
しかし患者さんから息子さんたちにご自分の考えを伝えられ、しだいに息子さんたちも冷静になられました
「病気になったものはしょうがないよ。私は大丈夫。心配なのはあなたたち。きょうだいで助け合って頑張ってね」
このご兄弟には結婚されたお姉さんがいたのです
その支えが大きかったように思います
――女性はたくましいと思ったものです
私たちは告知にいたるまで大いに悩みました
息子さんたちも悩まれました
でもいちばんつらかったのは患者さんです
病気の真実を伝えることも伝えられることもつらいことです
しかしどれほどつらい事実であったとしても
だれかが伝えることをしないと
患者さんはその後の生き方を決めることができません
もしこの女性にだれも何も話をすることがなければ
ご家族の間での本音の話し合いはできなかったでしょう
患者さんも息子さんたちも不信のなかで過ごさざるをえなかったかもしれません
ただ、
このお話のようにすべてがうまく行くとは限りません
ご家族の納得が得られないまま最期を迎えられた患者さん
ご自身が「怖い話はいや」と説明を拒まれた患者さん
みなさんそれぞれの人生の在り方は様々です
けれど面談のときにいつも言うことがあります
「私たちはけっして嘘を言ったりごまかしたりすることはありません。そして、いつでも患者さん、ご家族さんの支えになりたいと思っています」と
山崎章郎先生の著書にこのようなことが書かれていました
“告知は、患者さんが新たな道を歩む始まりに過ぎない”