Sさんは入院されたときから興奮状態でした
診察を十分にさせてもらえず
会話がなりたたない状況でした
痛みの訴えとともに
ケアへの抵抗がつよく
薬を飲んでもらうことに苦労しました
説得などは不成功に終わります
ご家族の了解をいただき注射に頼らざるを得ないことがありました
当然ですがその都度抵抗にあいます
ADLはかろうじて自立していましたので
立ち上がり、予測していない状況での歩行
ときには転倒しかけることもあります
スタッフはほとんど付きっきりでケアにあたってくれました
私はいろんな薬を試みるのですがなかなかうまくいきません
あるとき
受け持ちの看護師さんと相談し
ご家族からSさんのことを詳しく教えていただこう
Sさんのことをもっと正しく理解しよう
ということになりました
――ご家族からのお話でわかったことです
Sさんは国立大学を卒業され
めざす目標に向かって頑張っていました
しかし夢は叶わず
公務員としての仕事に従事されることになりました
そこでは重要なポストにつかれ
いくつかの役職を担われ
ご自分が培ってきた経験と知識をもとに
書籍の出版もされました
家庭では
奥様が働きに出ることを許さなかったそうです
ご家族の言うことよりも
自分についてこいという
根っからの亭主関白でした
……今の時代では想像できないことです
自然とご家族との会話が減るのも理解できます
そのようなSさんだからなのか
学歴を特に大事にし
息子さんやお孫さんにも厳しい人だったようです
一方では話好きな面があり
ご自分の話を延々とされることもありました
いくつかのキーワードが浮かんできます
「学歴重視」
「プライド」
「亭主関白」
きっとご自分にも厳しかったのでしょう
「社会的に重要な仕事」をこなして実績を積んでこられました
――受け持ちの看護師さんの分析をカルテから引用します
・数か月で急速に認知機能が低下
・ご自身でも自分の状況を理解できていないことに困惑
・またこの状況がショックで自尊心が低下
・さらに入院という環境の変化や医療者からの介入を受け入れることができない
・結果、「自分が置かれている状況が理解できないことからの不安」「(医療処置など)何をされるのかわからないという恐怖」「いきなり薬を飲まされる、注射をされるなどという医療者への不信感」という状態に追い込まれてしまっている
そこからはSさんに恐怖感を与えない工夫、過去の実績などに敬意を払いながらの丁寧な話しかけ、強制はしないなど、今まで以上のケアにスタッフ全員が心がけてきました
まだSさんとは十分なコミュニケーションがとれたという状況ではありませんが、以前と比べていくらか穏やかになられたように思います
この経験で私はふたつのことを学びました
1.患者さんのことを理解する努力
2020年の秋に「7つの指針」を提案しました
その2項目目に「しっかりとお話を聞きます」と書きました
「今までのお仕事やご家族のことなどをお尋ねし、より深い理解に努めます」
看護師さんたちはしっかりと実践されています
http://kobekyodo-hp.jp/kanwablog/archives/date/2021/01/05
2.看護師だから持てた独自の視点
とくにご家族からの聞き取りをもとに「不安」「恐怖」「不信感」という重要な課題が抽出されました
医師である私はどうしても薬に頼りがちになります
それではうまくいかないことが多くあることを了解しているつもりなのですが十分ではありません
だれよりも患者さんのいちばん近くにいる看護師さんたちに助けられています
これからもチームとしての力をさらに発揮できる2020年となればいいなあと、年の初めに考えています