私がずっと以前にお会いした、ある比較的若いご夫婦のお話です
奥様は40歳代で癌がみつかりました
半年前から時々腹痛を自覚していましたが、食べ過ぎとの自己判断ですませていたようです
ところがある日、買い置きの胃薬では治まらない腹痛に襲われました
翌日病院で検査です
検査をしている医師の顔が一瞬曇ったように見えました
――いやな予感がしました
検査を一通り終えて外来での診察です
「よくないお話をしなければなりません。わかったことをすべてお聞きになりたいですか?」といきなり切り出されました
――今のお医者さんは隠すってことをしないようなのね
すべてを知らされてからのち、ご主人にこのように話されたそうです
おなかの中に癌がみつかりました
「まだ今なら手術が可能かもしれません」
「わかりました一度家に帰り夫と相談をしてきます」
「結論はできるだけ早い方がいいと思いますよ」
翌日、
ご主人に仕事を休んでもらってふたりで受診
「すみません、昨日のお話は上の空ではっきりと意識できなかったものですから、もう一度主人と一緒にお話を聞かせていただけませんか?」
医師は昨日よりもいっそう丁寧に説明してくれました
「手術をしなければ半年の寿命かもしれません。手術を受けられてうまくいけば3年はもつでしょう」
こう言われれば手術を受けざるをえません
1週間後に入院、さらに必要な検査をうけ3日後に手術となりました
それからは再発の予防ということで抗がん剤治療です
薬をのんでしばらくすると肌が荒れました
――私は見栄えはよくないけど、肌だけは自慢だったのに
夫にも申し訳ないわ
病気を治すため辛抱して治療を続けました
そして1年半が過ぎ…
ふたたびあの嫌な腹痛がおそってきたのです
再発でした
今度は手術も難しいと言われました
彼女は一晩中泣き明かしました
ご主人は何も言わず同じベッドで付き添ってくれました
医師からは入院を勧められましたが、彼女は自宅での療養を選択したのです
ご主人もその決断を支持してくれました
それからの半年間は時々襲ってくる痛みとのたたかいです
食欲も急激に落ちました
お二人には中学生の子供がいました
彼女の病気のこともきちんとふたりで説明し、子供はうなづいてくれたようです
ある日のこと
「お母さんの味噌汁じゃないと嫌だ!」
突然子供が叫びます
このときにはすでに病魔は進行し、彼女はベッドから起き上がるのがやっとで、家族の食事はスーパーで買ってくる惣菜や出前がほとんどでした
そのような食事に飽きたのか子供は母親の味噌汁がほしいと訴えます
ご主人は調理をすべて奥様にまかせていたので、とても困惑しました
――どうしよう?
奥様からご主人に声がかかりました
「起こしてください」
何をするんだろうとご主人
「キッチンに椅子を置いて…」
言われるとおりにしました
「あなたの肩をかして…」
ご主人は奥様がなにをしようとされているのかわかりました
「無理じゃないの?」
奥様はだまって首を横にふります
その眼には強い意志を感じました
ベッドからキッチンまでは10歩くらいです
ゆっくりとふたりで歩きます
「椅子にすわる…」
「ごめんなさい私ひとりではできないのであなたの手を借りますね」
それから奥様はご主人に一つ一つの段取りを教えました
「まずお湯を沸かして、それからお出汁をとって」
「お味噌はこれくらいがいいの」
「その間に冷蔵庫からお豆腐とお揚げをだして、これくらいの大きさに切ってくれる?」
とうとうお母さんの味噌汁の完成です
この出来事があってから毎日のように奥様はご主人の指導者になりました
ご主人も一生懸命
奥様も必死です
椅子に座っていられる時間もちょっとずつ短くなります
それでもレパートリーは増えました
「野菜炒め」「カレーライス」「炒飯」「マーボ豆腐」「ステーキの焼き方」「お魚の調理法」などなど
それから1か月後、奥様は一家の主婦としての仕事を見事に完成させてから旅立たれました
ご主人は奥様からの言葉をノートに全部書き留めました
今となっては大切なふたりの宝物です
今ご主人は子供を育てながら仕事をこなし、家でのこと(買い物から洗濯、掃除、料理、ゴミだし など)、様々な日常のことをこなされています
ご主人はいつも思い出すそうです
「あのふたりで台所に立って多くの話をしながら料理をつくったこと、とても楽しい日々でした。決して忘れません」