以前から在宅医療の話(とりわけ看取りの話)をさせていただくときに紹介している詩があります。

谷川俊太郎さんの『あい』という短い詩です。

忘れないように以下に引用させていただきます。

「あい」

あい 口で言うのはかんたんだ
愛  文字で書くのもむずかしくない

あい 気持ちはだれでも知っている
愛  悲しいくらい好きになること

あい いつまでもそばにいたいこと
愛  いつまでも生きていてほしいと願う事

あい それは愛ということばじゃない
愛  それは気持ちだけでもない

あい はるかな過去を忘れないこと
愛  みえない未来を信じること

あい くりかえしくりかえし考えること
愛  いのちをかけて生きること

出典:谷川俊太郎 詩集 「みんなやわらかい」

みんなやわらかい

とくに5行目と6行目は終末期の方をかかえたご家族や恋人の気持ちを考えるときに大切なこととして受けとめています。

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◆…Being with the patient

日野原重明先生の『だから医学は面白い』という本を書店で見つけて、一気に読みました。

本の帯に「医学・医療について伝えたいことはすべて書いた」とありました。

全体の感想を述べるにはもっと時間が必要です。それだけ感じるところが多い書物でした。

 

その中に―ホスピスの真髄―という一節があります。

 

日野原先生が世界で最初に近代的なホスピスをロンドン郊外に建てたシシリー・ソンダース先生に尋ねたことがあります。

「ひと言で言えば、ホスピスケアというのはどういうことですか」

 

ソンダース先生は少し考えて「Being with the patient」と答えられました。

訳すと「患者と共にあること」という意味だそうです。

 

日野原先生の文章をそのまま引用させていただきます。

…一人では死なせないで、一緒に死んであげるように、そばにずっといる。患者の言葉をよく聞き、患者の心が落ち着かない状態であれば、患者の手を握ってマッサージをする。「一人で死ぬのではなく、みんなに守られて自分は逝くんだ」という感覚を患者に持ってもらう。それがホスピスの真髄である…

 

とてもむずかしいことのような気がします。

これからさらに知識を深め、経験を積む中で、少しでも近付きたいものです。

 

だから医学はおもしろい

 

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先日のボランティア講座参加者の方から質問がありました。

緩和ケア一般の話のときに、認知症の方の終末期の栄養補給に関して胃ろうに少し触れました。

そのことに関連した質問です。

 (質問)

「認知症の方で、胃ろうになった方の胃というのはどういう状態なのでしょうか? もし食べたくないものであれば、それを注入される内臓は悲鳴をあげないのでしょうか?」

という主旨です(表現を若干変更しています)。

 (回答)

質問有難うございます。

まず、「胃ろうの適応」ですが簡単にいえば、

(1)脳卒中や神経の病気などで口から食事がとれなくなった時

(2)誤嚥(食事や水分が誤って気管や肺に入ってしまう)による肺炎を繰り返す時

(3)特別な胃や腸の病気により正常に食事がとれなくなった時

(4)その他

などがあります。

また認知症の方が胃ろうを考えるときというのは、いわゆる終末期を迎え、ムセなどにより食事がとれなくなった場合に検討が開始されます。

一般論ではこのような状態になると、まったく治療がされないと寿命は数日から1週間、点滴を行うと2~3か月、胃ろうなどでは約1年とも述べている医師もいます。

実際には私たちも大きく悩みます。

ご本人が元気な時に最期をどのように迎えたいと考えていたのか、家族の思いはどうなのか、最期をどこで迎えることになるのかなどなどたくさん考えないといけない要因があり、きわめて倫理的な配慮が必要な課題です。胃ろうの造設にともなう合併症やその後の管理も大変です。

これといって決まった結論はありません。

ご本人も含め、とりまく人たちが何度も話しあって結論を出すことが多いです。

さてご質問への回答ですが、

胃ろうを作られても胃の状態は変わりません。食べ物が口から食道をとおり胃に送り込まれる道筋をバイパスするだけです。

当然細いチューブを通して胃に栄養が補給されるため、固形物は通過できません。特殊な栄養剤を使います(薬剤として処方箋で出すことができるものと、食事扱いで実費で購入してもらわないといけないものがありますが)。

「食べたくないものを無理に注入される」と当然胃は受け付けてくれません。そのときは吐き出されることがあり危険です。なので1回の注入量はご本人の状態に応じて決定され、また1日の注入回数も3回であったり2回であったりします。1日の総カロリー量も考えないといけません。個人によってその方法は様々であり、落ち着いた方法に慣れるまで日数がかかることも多いようです。

以上簡単ですがお答えいたしました。

―― 私の勉強不足で不正確な所があるかもしれませんが、ご容赦ください。

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◆第一回ボランティア講座を開きました(2014年9月6日)

ボランティア養成講座

講師をしました。

参加者は27名です。

みなさんすごく積極的に参加されており、今後に期待できそうです。

テーマは「緩和ケアとは」「神戸協同病院の医療」です。

詳細は省きますが、事前に2つのアンケートをお願いしました。

多くの方が丁寧に答えていただいています。

そこで感じたこと……

緩和ケア一般と診療報酬上の緩和ケア病棟が混乱しています。

緩和ケア病棟のイメージとして「がん」「人生の終末」「痛みを和らげる」という言葉が多くみうけられました。一方で「がん以外の病気、たとえば認知症は」や「最期まで入院」という意見も少なからずあります。

WHOの定義や厚労省の施設基準をもとにお話をしました。

少しは整理されたでしょうか?

患者さんのつらい気持ちを受け止めようとする姿勢や、患者さんに共感し耳を傾ける、自分の一方的な考えを押し付けないなど、一生懸命考えていただいていることにとても感動しました。

今後2回、3回と緩和ケアを経験された看護師さんや臨床心理士さんの話が予定されています。

私も参加したいのですが、業務と重なっており残念です。

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協同病院の緩和ケアのコンセプトの3番目に「私たちは『あたたかい下町の緩和ケア病棟』です」と書きました。

この点をめぐって様々な論議が行われており、正面から受けとめてもらえてありがたいと思っています。

下町の風景

(その1)

解説文にも述べましたが、神戸市長田区のホームページには「庶民的住宅のまち、中小企業のまちとして利便性の高い下町情緒のあふれるまちです」とあります。

阪神淡路大震災後はまちの様子は大きく変わりましたが、大きなマンションの谷間に昔からの長屋がたくさん残っています。中小企業も厳しい経営環境に置かれていますが、頑張っています。

(その2)

協同病院で研修を始めた若い医師はブログで次のように書いています。

「僕がこれから働く神戸協同病院は、神戸市長田区にある中小規模の病院です。地域に根差した医療をしています。長田区に住みだしてあまり時間がたっていませんが、長田は下町で人情味あふれる街です」

(その3)

山手に暮らす方からの声が聞こえてきました。

「私たちは下町に住んでいないから、入院はできないのかな」

大丈夫です。「下町の人の病院」ではありません。「長年、下町で医療を継続してきた病院であり、下町に存在し、そこに溶けこむ病院」ですので、安心して利用してください。

(その4)

「下町なら病院の廊下は○○番地△△丁目と名づけ、角に“お地蔵さん”をおくという案はどうですか?」という画期的な(?)意見をいただきました。

zizou

私たちの目指すのは「下町にある緩和ケア病棟」であり、「病棟が下町になろう」としているわけではありません。

貴重なご意見有難うございました。

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