彼女は「もうやり残したことはありません」「すべてやりきってここに(入院して)きました」と入院の当日に話されました

 

ご家族とは時間をとって話をされ、誕生日のお祝いをして

友人たちとのゆっくりとした時間を過ごされて

やってこられました

 

けれど症状は急激に襲ってきます

お腹全体の張りと痛み

突然の大量の嘔吐

 

つらくて辛くて、24時間寝かせてほしいとまで望まれました

――わたしは鎮静を希望してここに来ました と

 

少しだけ症状が和らいでいるときにお話を聴きました

ご家族のこと

すべてがうまくいっていたわけではないようです

それでも心の拠り所となる場所はご自分で見つけていました

 

もしもの時のこともしっかりと準備をされていました

 

話しながらも嘔吐をされます

時間をとっていただいたことに感謝しながら

苦痛のなかでのつらい話になったことをおわびしました

――だいじょうぶですよ

――わたしはここにこれてよかったです

とおっしゃられます

 

苦痛のすべてを取り去ることはむずかしいのですが、あなたらしく生きることの支えに少しでもなることができれば……

と話を締めくくりました

 

 

彼女は24時間眠らせてほしい、鎮静を希望しますと言われながらも

ご家族や友人たちとのスマホでの交流を心待ちにされたり

この時間は起こしてほしいと望まれ

私たちはどのように願いをかなえることがいいのか悩みました

・・・結局は間欠的鎮静の選択となりましたが、なんとなくモヤモヤが残ったままです

 

持続的な鎮静に関しては、私たちの病棟では1割から2割の患者さんに必要な状況で、集団でのカンファレンスをしっかりと行ってきています

でも「間欠的鎮静」についての手順がしっかりと定まっておらず

患者さんの耐えがたい苦痛を前にして何を選択すればいいのか

その時その場での相談と判断で、そのたびに悩んできました

 

緩和医療学会の『がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き』(以下手引きと記載)に載っているフローチャートがあります(P19)

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これに則ればいいのですが、勉強不足から有効な活用ができていませんでした

 

「鎮静はまだ早いのでは」という言葉が時々聞かれます

「今すぐにでも休ませてあげたいけれど、これって鎮静になるの?」

「精神的な苦痛がつよいときにはどうすればいいのでしょうか」

たくさんの疑問点をもったままケアを行ってきました

 

背景には鎮静についての理解が様々であったり、持続的な鎮静と間欠的鎮静の区別がしっかりとついていなかったり、適応や開始にあたっての手順が不明瞭であったりと

私は責任を感じていました

 

 

看護師さんたちはチームを作り、スタッフ全員からアンケートを集め、学習を繰り返して真剣にこのテーマと向き合っていました

私もアンケートの結果を見せてもらい、これはいよいよ責任をはたさないといけないと決意しました

 

それからは緩和医療学会の手引きを頼りに、何人かの先輩方にどのように実践されているのかを尋ね、疑問点にひとつずつ答えていただきました

 

 

その結果とくに間欠的鎮静についての当病棟での手順案をまとめ、先日スタッフに提案しました

手順以外の課題もこの過程でたくさん出てきましたが、とりあえずは今困っていることへの対応ができることを重視して、これでやっていきましょうと確認してもらったのです

 

この議論を通じて私たちの緩和ケア病棟は、みんなで困りごとを率直に相談でき、みんなで確認してきたことをスムーズに実践に生かせることができる素敵な職場であることをあらためて感じています

 

 

※「手順」については内部資料なのでここには載せておりませんが、その際に患者さんやご家族への説明文書が必ず必要であるということで同時に提案しました

(本来ならとっくに持っていないといけない文書なのですが…私の怠慢でした)

 

それをここに掲載しておきます

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このような出来事がありました

 

<Aさんのこと>

 

いつも物静かなAさん

毎日の回診のときはきまって「だいじょうぶですよ」とお返事をされます

文学「少女」のAさんは文庫本を手元において、時間があれば読書をしています

 

そのようなAさんがある時から小さな折り紙をたくさん差し入れしてもらい

せっせと何かを折っています

 

出来上がったのがこのような…

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大小様々なきれいな立方体

 

たくさん作られました

それを看護師さんがさらに手を加えて…

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ナースステーションの入り口に飾ってくれました

 

作る方もさらに励みになります

私たちだけでなく

患者さんやご家族を和ませてくれています

 

 

特技を生かした共同作品です

病棟の展示品がもうひとつ増えました

 

<Bさんの出来事>

 

さいしょにふたつの写真を掲載します

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一つ目の写真は

ご家族が差し入れをされ

看護師さんが調理をして

おいしそうなステーキの完成です

 

Bさんは今までにない笑顔でした

「入院すると食べれないものと思ってました」

 

 

二つ目の写真

看護師さんといっしょに作ったお好み焼きです

若い看護師さんにあれこれと指導するBさん

 

じょうずに出来上がりました

 

 

開設当初は頻繁にこのような取り組みをしていました

ご家族やボランティアさんも参加して

 

コロナ禍で躊躇していたかもしれません

 

ここにいたるまでにはいくつかの苦労がありました

 

Bさんは毎日のように思いをぶつけられます

――早く逝きたい

――これ以上よくならないの? 治療法はないの?

――方法がないのなら自分で……

――私はまだ大丈夫なの?

頻繁に心は揺れています

苦痛症状があり、さらには一人暮らし

とてもご自宅で暮らせる状況にはありませんでした

 

 

話を聴きながら

Bさんから一つずつ失われていくものがあることに心を痛めていました

たとえば

家には帰れない

そのために借りていた介護用品を返さないといけない

好きなものが食べれない

病院には自由がない

など

 

物忘れが認められるBさんには理屈や説得が通用しません

嫌な思いだけがたまっていくようです

希死念慮を思わせるような言葉も聞かれました

 

 

文献には

「死を受容することを求めない」

「逃げないでそばにいる」

「ともに苦しむ、答えを出す必要はない」

「医療者自身の感情を大切にする」

と述べられています

 

そして

「言葉に出して伝える」

とも

 

みんなで話し合いを持った結果が上のような取り組みでした

ささやかなことですが

私はBさんに

「思い出を一緒に作らせてください」と

お願いしました

開設当初の「患者さんとの思い出作り」を浮かべながら

 

それがどれだけ有効なのかは今はわかりません

でもBさんから危機的な発言が聞かれることだけはなくなったように思います

 

 

ここに述べたことは、一つひとつが小さな経験ですが

スタッフみんなと気持ちをひとつにした大切な記憶となっています

 

「もう何もできることはない」

ではなく、

みんなで考えればなにかできると実感しています

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