三つめのテーマについて考えてみました
(1)Cさんの身に起こったこと:複数の患者さんのエピソードを組み合わせて書いています
Cさんが私たちの病棟に移ってこられたとき、率直に言って「難しそうな方だなあ」と思いました
入院の初日から
「さみしくてしかたがない。家族に付き添ってもらえないのですか?」
「不安なため眠れません。眠ろうとすると怖い夢ばかり見ます」
「あちこちの痛みがありますが、私はできるだけ薬に頼りたくないのです」
その他ノートにはたくさんの困っていることや気がかりなことが書かれています
強い痛みは癌性疼痛と考えて医療用麻薬を提案するのですが、簡単には受け入れていただけません
不安でいっぱいな様子で抗不安薬を勧めてみても「今はいいです」と拒まれます
医師も看護師も困り果てました
ご家族の協力を得ようにもコロナ禍のため面会制限があります
考えられることを試そうとするのですが成功しません
一方では
痛い所をマッサージしてほしい
眠れるまでそばにいてほしい
など要求はたくさん出されます
ひとたびベッドサイドに伺うとなかなか離してくれません
行き詰まりを感じかけたある日のカンファレンスで
ゆっくりとCさんの話を聴いてみよう
ということになりました
業務が比較的落ち着いていた日の午後のことです
Cさんの思いをたずねた看護師さんからの報告です
私たちの病棟に来られる前には積極的治療を頑張ってこられたCさん
「あとは緩和ケアです」と言われてきました
「前の先生は検査の結果は丁寧に説明してくれました
でも私が何か言おうとすると最後まで聞いてもらえずに一方的に話をされるのです
よく理解できないことを訪ねても、『それはさっきお話したでしょ』と言われます」
「毎日ベッドに来てくださるのですが、お腹を出しても触ってくれることがありません
言葉でやり取りするだけでした」
「抗癌剤の副作用で苦しんでいるときもそうです
症状をやわらげる薬を点滴すればたしかに楽になるのですが、体に異常が出ていないか不安なんです
看護師さんにお願いしましたが、先生に伝えてくださったのかお返事がないことがありました」
――そしていよいよ治療の効果が見られなくなったときのこと
「薬の効果がなくなったとたんに私のことに関心がなくなったように見えました
回診も減ってきたのです」
――ときに涙しながらたくさんのことを話されました
そして
「私のことをこんなにたくさん聴いていただいたのは初めてです
ほんとにありがたい、感謝しています」
と言われました
他の患者さんたちの病状によって十分な時間が取れない日もありますが
許されるかぎりCさんのそばで座ってお話を聴こうということで意思統一しました
病状がさらに進行しいよいよとなったとき
Cさんはご自分の余命を自覚されていました
「みなさん方は私のことを面倒な患者だときっと思われていたのでしょうね
私もわかっております」
「けれどここに来れてほんとうによかった
こんな扱いにくい私のために忙しいみなさんが時間をとってくださいました
いままで勝手なことばかり言ってごめんね
とっても感謝してます」
苦しそうな呼吸をしながらも
力を振り絞って伝えてくれました
(2)研修医時代の反省はたくさんあります・・・たとえば
*1年目のとき
最初に受け持った患者さんに進行癌が見つかりました
病気のことはわかっても
何をしてあげればいいのかわからない
日に日に苦痛が増えてきます
病室から自然と足が遠のきました
何か聞かれても答えられない
患者さんの辛そうな顔を正面から見ることができない自分がいました
私の病気は何ですか? よくなるのですか? と尋ねられて
ごまかしの返事しかできない毎日でした
ベッドサイドに立っても足は自然とドアの方を向き、患者さんのそばに留まる時間が少なくなってきました
*脳梗塞の患者さんを担当していたとき
麻痺がつよくリハビリを頑張っているのですが効果が感じられない様子
私はいつよくなるのでしょうか? と尋ねられ
「今の状態を受け入れていただかないとしかたがないですね」としか答えられません
患者さんは少しでもよくなりたいと努力され
脚がわずかでも前に出れば喜ばれ
思うように動くことができない日には落ち込み
一喜一憂の毎日でした
中途半端に知った『障害の受容』
無意識に患者さんに押し付けてしまうこともありました
いっしょに喜んだり悲しんだりする時間をとる努力ができていれば……
*外来でのこと
たくさんの患者さんを短時間で診ることが自慢と考えていた時期がありました
当然おざなりな応え方しかできません
「仕方がないです」
「年だから・・・」
「みんな同じですよ」
など
ときには患者さんに叱られながら
無責任な返答をしている自分に気づきました
ゆっくりと患者さんとのコミュニケーションをとっている指導医の姿がまぶしく見えました
(3)私たちが「時間をつくる」こと
緩和ケア病棟をつくろうとみんなで決め
そのために研修に出ました
そのときのことです
*研修先の病棟で面談に同席しました
じっくりと患者さんやご家族の話を聴いている姿
「いちばん困っていることはなんですか?」
「そのことをどのように思われていますか?」
など患者さんやご家族の思いや希望を丁寧に受け止めていました
決して一方的に会話を進めることなく
ときにはじっくりと腰を落ちつけて、あるときはいっしょにコーヒーを飲みながら
その時に指導医が言われた言葉が耳に残っています
――緩和ケアは医療の基本だと思いませんか?――
*またあるときはこちらから望んで訪問診療に同行させていただきました
関西と関東の著明な診療所を訪ねて参加しました
共通していたのは
・一人ひとりに時間をかけていること
・世間話の中にも重要なやり取りを交えてゆっくりと話をしていること
・患者さんやご家族の顔が安心で満たされていること
でした
残念ながら同じ行動はとれていないのですが
このときの経験が2021年の1月に書いた「7つの指針」に生かせるように努力しました
https://kobekyodo-hp.jp/kanwablog/archives/1925
たくさんの反省を思い出し
先輩たちの声を聞きながら考えました
※患者さんは忙しそうにしているスタッフには声をかけない
※ゆとりは時間があいているから作れるものではなく、忙しくても必要な時その人のために時間をつくることで生まれるもの
患者さんは忙しくない人に声をかけるのではなく、忙しくてもそのように見せていない人に話しかけています
そうありたいと思っています
※自分に関心を持ってくれている人を患者さんは知っている
※「自分は大切にされている」と感じることができれば「自分はここにいていいんだ。価値のある人間だ」と思えるのではないだろうか?
自分の病気や苦痛のことだけでなく、自分という人間に対して関心を抱いてほしいと
きっと思っているのでしょう
医療の基本です
私たちはその日の体調がいいときもよくないときもあり、患者さんへの対応が左右されがちです(大いに反省しています)
あなたはプロだからと言われてもできないときはあります
「あ~やってしまった」とあとで後悔し、振り返るのですが後の祭り
けれどその時に思うのです
心の平静を保つ努力はできるのでは?
理想かもしれないけれどそれを求める姿勢をもつことは可能では?
その結果
「時間を生み出す」ときが増えてくれば… と
☆9月~10月と3回連続で一連の関心ごとを中心に書いてきました
どれも中途半端であることを否めませんが、引き続き追求するべきテーマとなっています