60代の女性のお話です

 

病気が見つかったときには治療が困難な状態でした

吐気や腹痛、食欲不振などおなかの症状が続いていました

 

始めてお会いしたとき

ご本人は治る気持ちを持たれていましたので

なぜここに入院しないといけないのかと思われていたようです

優しいご主人は厳しい話をすることにためらいをもたれていました

 

緩和ケア病棟に入院してこられる患者さんは

みなさん「悟りを開いた」方ばかりではないのです

「覚悟はしています」

と言われながらも

「まだ何かいい方法が見つかるのじゃないかしら」

と期待を持たれている患者さんやご家族は少なくありません

私たちはその気持ちを支えながら毎日のケアにあたっています

 

しかし病気はそのような配慮はしてくれません

毎日のように吐気や痛みが襲います

 

身体症状の緩和方法の基本に忠実に内服薬や注射で対応し

ある程度の効果がありました

 

しだいに食事がとれなくなって

時々食べた後に嘔吐されることも増えてきました

それでも「食べないと元気にならない」と

無理をしながら口に含みます

 

ご自分の思いと現実の矛盾にイライラされることが多くなりました

ご主人にもつよく当たることがあります

ご主人は私たちには涙をみせることがありながらも

奥様の前では笑顔で要求に応えられていました

 

不安症状が身体の症状に加わるようになってきました

それがさらにこれまでにない身体の症状となって表れます

そのつどナースコールが鳴ります

 

形のあるものは食べられない状態になり

氷や水分がかろうじて喉の満足感を満たしてくれるので

頻繁に要求されました

ご主人もそばに付きっきりです

 

 

ところがある日

ナースコールが減りました

 

申し送りの時の看護師さんたちの会話

――○○さん、編み物を始められてからコールが減ったわね

一日中編み物をされているようですよ

 

 

ご主人にお話を伺うと

「もともと一つのことにこだわる人でした」

とのこと

 

それからは身体の訴えや不安感も減り

穏やかな日々を過ごされることが多くなりました

嘔吐されることがときに見られても……

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編み物に没頭することで

心理的な安定がもたらされ

あわせて身体の苦痛も和らげる効果が

うまれたようです

 

徐々に病状が進行し

眠っている時間が増え

呼吸が浅くなり

 

ご主人はじめ、ご家族に見守られながら

静かに旅立たれました

 

 

しばらくたってからの「デスカンファレンス」の場

 

かかわったスタッフからは

「編み物が患者さんを穏やかにさせてくれたのね」…と

 

薬を使っての症状緩和よりも

一時的であれ、編み物のほうが効果的であったこと

を思い返し

緩和ケアの奥深さをあらためて認識することができました

 

カンファレンスのさいごに

看護師さんが

「みなさん、趣味をもちましょう」

と締めくくってくれました

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