「がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き 2018年版」(以降「手引き」とします)によると、苦痛緩和のための鎮静を、医師が患者の意識の低下を意図するかしないかにかかわらず、「治療抵抗性の苦痛を緩和することを目的として、鎮静薬を投与すること」と定義されています

 

またそれは、「間欠的鎮静」と「持続的鎮静」に分類され、持続的鎮静は「調節型鎮静」と「持続的深い鎮静」に分けられています(参考-1)

 

「手引き」によると調節型鎮静とは、「苦痛の強さに応じて苦痛が緩和されるように鎮静薬(主にはミダゾラム)を少量から調節して投与すること」とされ、「鎮静薬の投与量を調節する基準は、患者の意識水準ではなく、苦痛の強さである。したがって、結果として、患者の意識が維持された状態で苦痛が緩和される場合もあり、苦痛が強い場合には苦痛にあわせて鎮静薬を増量した結果として患者の意識が低下してはじめて苦痛が緩和される場合もある。苦痛の強さの指標としては、STASが1~2以下(参考-2)であることを用いる」とされています

 

これまで必要時には何らかの鎮静に踏み切ってきました

頻度は多くはなく、最近では入院患者さんのうち1割以下ではないかと考えています

 

しかし「調節型鎮静」の理解が難しく、私自身どう取り組めばいいのかあいまいなままでした

その結果、持続的鎮静の場合、間欠的鎮静から、あるいはいきなり持続的な深い鎮静となっていたというのが現状でした

 

このたび調節型鎮静を選択した患者さんがいました

以下に経過を記録しておきたいと思います

 

Aさんは70歳代の患者さんです

健康診断で病気がわかり、10年近くにわたり手術や抗癌剤治療を受けてこられました

 

初対面のときから誠実な印象を受け、また多彩な趣味を持っている方でした

がんと診断されたときには淡々として受け止めておられ、Aさんがおっしゃるには「きちんとした生活をしていればだいじょうぶだと思っていました」とのことでした

それでもショックなことは2回ありましたと話されます

一度目は5年ほどして転移が見つかったときです

そして二度目は「効果のある薬はもうありません。できることはないです」と医師から告げられたとき

さらに転移が広がっていると言われ、いよいよかと思われたそうです

そして医学ってこんなものかとも

 

「これからどうなっていくのか、どれくらいがんばれるのか、症状が悪化してきたときのことを考えると不安があります」

「無理はしないように心がけたいです」

と落ち着いて話される姿が印象的でした

 

趣味で作成された作品をiPADに記録しており、嬉しそうに何度も見せてくださいました

 

少しずつ身体的な症状がでてきたとき

お気持ちを聞かせてくださいとお願いしたところ

少し思案しながら

「不安はいっぱいですが仕方のないことだと思っています」

「でも家族には苦しい顔をいつまでも見せたくないことも事実です」

と話されました

 

1か月がたったころ

痛みや吐気が強くなり

せん妄が現れるようになりました

それまでのAさんから変化したことに娘さんたちは戸惑われています

 

痛みは医療用麻薬で緩和ができましたが、一方ではせん妄がつよくなり

急に起き上がり静止がきかず、ご自分のおかれている状況を正しく判断できない状況となりました

夜間はしっかりと眠っていただくこと、日中は短時間でも心と体を休めてもらうために間欠的鎮静を始めました

 

病状や検査結果から余命は数日かと考えられ

私たちはカンファレンスを持ちました

夜間の睡眠確保のためのミダゾラムの点滴をこのまま日中も継続すべきか

あるいはいちど鎮静薬を止めて意識の回復を待つか

ご家族としっかり話をして選択させていただこうということになりました

 

今までの症状と治療経過を丁寧に説明し

率直な思いを聞かせてほしいとお願いしました

娘さんをはじめご家族は

「父はしんどい思いをしているけど、楽しい人生も歩んできました。残りの時間を穏やかに苦しみなく過ごしてほしい。よくがんばってきたと思います」

「苦痛が続くのはつらそうです」

「家族には苦しんでいる姿を見せたくないと以前から話してました」と持続的な鎮静には同意されましたが

一方では「(意識のある間に)ありがとうと言いたかったです」とも話され

苦渋の決断だったと思われます

 

再度のカンファレンスで

現状認識を意思統一し、ご家族の思いを受け止めて

「調節型鎮静を行いましょう」ということになったのです

 

そこからの約2週間

毎日カンファレンスをもちながら鎮静を行いました

 

以下に簡単な経過を記載します

ご家族は毎日短時間ですが面会に来られました

 

X日:鎮静開始

少量でミダゾラムの持続皮下注射を開始

開始時の量では効果不十分で2回増量を行う

 

X+1日

刺激がなければ苦顔なく入眠

 

X+3日

やや意識が回復(RASS 1~0:参考-3)

ご家族は会話ができることに涙される

穏やかな状態であり現状を維持

 

X+4日

刺激で開眼

ジュースを少量口にされる

X+5日

開眼され疼痛なくせん妄見られず

カンファレンスを経てミダゾラムの減量を行う

 

X+8日

意識はさらに改善

入浴の希望あり、入浴していただけた

X+10日

笑顔が見られる

氷片などを頻繁に希望され、誤嚥はみられず

「美味しかった」と感想あり

 

X+12日

ミダゾラムはさらに減量

 

X+14日

スマホを触ったりされている

みんなの合意の上でミダゾラムは中止

⇒持続的鎮静(調節型鎮静)は中止となる

 

このような経過でAさんは落ち着きを取り戻されました

当初の予後予測からも大きくはずれ

Aさんはその後1か月あまり過ごされ

ご家族の見守りのもと静かに旅立たれました

 

多くの緩和ケア病棟ではAさんに対するような鎮静は当然のケアだと思います

しかし私たちにとっては初めての経験でした

 

貴重な経験をさせていただいたAさん、ご家族のみなさんに深く感謝いたします

 

もう一度最初にもどって考えました

「手引き」からの引用です

 

※「治療抵抗性の苦痛」とは「患者が利用できる緩和ケアを十分に行っても患者の満足する程度に緩和することができないと考えられる苦痛」を指します

 

――Aさんは徐々に苦痛が強くなり、私たちのこれまでの治療/ケアでは緩和できないほどのせん妄状態となりました

 

※「耐えがたい苦痛」とは、患者にとって耐えられない苦痛を意味します

 

――Aさんは苦しんでいる姿を家族には見せられないと何度か話されていました

本来ならAさんの意向を聞くことが必要なのですが、気持ちをたずねることが不可能なほどのせん妄状態であり、Aさんのこれまでの言葉やご家族からのAさんが常々話されていたことなどを踏まえて判断させていただきました

 

以上の判断が正しかったのかは今後の私たちの取り組みの中で深めていく課題だと思っています

 

またある文献によると

「持続的深い鎮静の対象症状として、せん妄が55%、次いで呼吸困難が27%、疼痛はこれよりは少ないが20%を占めていた」

とあります

 

私の実感としても同様な受け止めです

 

今後も治療抵抗性の苦痛に悩まれる患者さんのケアの場面が何度もあるでしょう

患者さん一人ひとりはそれぞれ異なる多彩な状況に置かれており、その都度丁寧な話し合い――スタッフのみでなく、患者さん・ご家族とのーーを積み上げていきたいと痛感しています

 

≪参考≫

 

※鎮静の分類:参考―1

367-01

 

※STAS-J:緩和ケアにおける評価尺度のひとつ:参考―2

367-02

※RASS:鎮静スケール:参考―3

367-03

367-04