Sさんは多彩な趣味をもった方でした

 

「何かしたいことはないですか?」

看護師が尋ねます

「将棋をしたいけど、相手をしてくれる人がねえ…」

 

さっそく対戦相手さがしです

 

すぐに見つかりました

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お相手は元職員のIさん

 

「結果はどうでした?」

「全勝です」

物足りなさを感じているようなので、今度はもっと強い人をさがします

 

ありがたいことに医療生協の組合員さんにいました

さすがは医療生協です

 

今度は完敗です

 

悔しがるSさん

でも顔はとても嬉しそうでした

 

若い頃から手先が器用でした

手作りの秀作をご家族が持ってこられました

 

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“ひょうたん”で作ったお雛様(写真だけでした)

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看護師さんが廊下の柱に絵を飾ってくれました

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夏らしい彫り物です

ナースステーションのカウンターに並んでいます

実習に来た高校生さんたちの注目を浴びました

 

このようにたくさんのものを作ってこられました

診察にうかがうと、病気の話よりも先に「せんせい、あそこに飾ってあるのがわかりましたか?」と聞かれます

 

知らないってことがわかると不機嫌になるので

「ああ、あれですよね、とても評判ですよ」と私

 

そんなSさんが、前の病院から移ってこられるとき、いちばん大切にしていたものがこちらの絵でした

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とてもいとおしそうに抱えていました

わけを聞くと

「これが私の最後の作品です。これから先はもう描かないと決めました」

 

いつもSさんから見えるところに飾ってあります

 

「みんなのためにもう一枚、描いていただけないですか?」

とお願いしても、とうとう最後まで描いていただくことはできませんでした

 

 

もう一つ驚かされたのが

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娘さんの結納のために準備したすべてSさんの作品です

魚が乗った船も、刺身も…

 

 

「あれも見てくれた? こっちは?」

Sさんの誇らしげな顔を思い出しながら、ちょっとはおもいでを共有させていただくことができたのかなあと思っています

 

*写真を掲載させていただくことについては生前のSさんから了解をいただいています

*つぎは、「おもいで、その二 『思い出づくり』」 です   (つづく)

「ビルのまちにガオー・・・」は鉄人28号の懐かしい主題歌です

私たちの町には鉄人28号のオブジェがあります

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でも今回の話は鉄人のことではなく、「ビルの間」から見えるものについてです

先日港の花火大会がありました

ひょっとすると私たちの病院からも見えるかもしれないと聞き、午後7時にやってきました

緩和ケア病棟の海側のベランダに出ました

すでに看護師さんや患者さんが来ています

見えました!!

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ちょうどふたつのビルにはさまれたすきまに花火が見事に見えています

 

ベランダは少し暑い風が吹いていますが、花火があがるたびに歓声が聞こえます

 

――ここから見えるなら来年はもっと準備をしてみんなで・・・

 

ふと振り返ると患者さんと視線が合いました

 

――私たちには『来年』があるかもしれない

でも今夜いっしょに花火を見た患者さんには・・・

 

私はそっとその場を離れてしまいました

 

今をどう生きるか、明日はどうなっているんだろう

毎日そのようなことを考えながら療養されている患者さん

「花火きれいでしたね」と翌日の診察のときに先に声をかけてくださった患者さん

 

『寄り添う』と言葉で言うことは簡単でも、実践することはほんとに難しいことなのです

病棟の夜は様々な顔をしてくれます

 

患者さんたちが落ち着いている日はスタッフの顔も穏やか

ときに大きな声で看護師さんを呼ぶ声が聞こえます

 

私たちが緊張するのは最期のときを迎えようとされている患者さんがいる夜

 

この日も意識がなくなり呼吸状態も悪くなってこられた患者さんがいました

 

今までの家族関係を象徴するかのようにたくさんのご家族が集まってきます

小さな子供たちも数人いました

 

患者さんのそばでは神妙な面持ちでいる子供たちも、しだいに退屈してくるのか家族室で待ってもらいました

近くを通りかかるとにぎやかな声

私もついその雰囲気に呑まれて、一つふたつと覚えたての手品を披露しました

 

――残念ながら患者さんはその夜お亡くなりになりました

 

翌日のナースステーションでの申し送り

夜勤の看護師さんからの報告です

「若いお母さんがやってきて、『子供たちとかくれんぼをしています。隠れるところがないのでここに隠れさせてください』と頼まれました」

「えー!?」

「私はいちどだけですよとOKしました……」

 

これまで30数年病院で働いてきて、病棟での“かくれんぼ”は初めてです!

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でも報告を聞いてとってもあったかい気持ちになりました

患者さんも子供たちの声を聞きながら安心して天国に旅立たれたのではないでしょうか

 

看護師さんに『あっぱれ!』をひとつ

 

追伸;

亡くなられたとき、お孫さんは「おじいちゃんとはもうお話ができないの?」と号泣していたそうです

今までにぎやかにしていた子がおじいちゃんのために泣いてくれた

もういちど暖かな気持ちをいただきました

私たちの病院には理学療法士、作業療法士、言語聴覚士などのリハビリスタッフが20人あまりいます

急性期病棟、回復期リハビリ病棟、デイケア、訪問リハビリなど活躍の場は多彩です

大半が若い職員です

 

孫のような職員といっしょに頑張っている患者さんのお話をしましょう

 

 

Kさんはがんの骨への転移のために強い痛みを1日中訴えられていました

時々さらに強い痛みが襲ってきます(いわゆる「突出痛」です)

 

医療用の麻薬もたくさんの量を使わないといけない状態だったようです

そのためかときどき「せん妄」がみられていました

 

このような状態で私たちの病院に移ってこられました

当初は痛みのために絶えず顔をしかめているような状況で、薬も多く使わざるを得ませんでした

ベッドから起き上がることもできず、寝返りがやっとです

 

スタッフといっしょにケアの方針を考えるカンファレンスをもち、「ほかの薬の併用がひょっとすると効くのじゃないでしょうか」との意見のもとに、一時的には薬の量が増えることを覚悟して、Kさんやご家族に説明させていただき治療を開始しました

 

すると少しずつですが痛みを訴える回数が減ってきました

2週間たち、4週間が過ぎ、こんどは薬を減らす検討です

時間をかけながら慎重に薬の調整を行いました

 

とうとう最初のほぼ半分量まで減らすことができました

ご家族と外出や外泊も可能となりました

 

すると新しい変化が生まれたのです

Kさんから「歩く練習がしたい」という希望が出されました!

リハビリが開始されました

 

ベッドサイドで立つ練習

車いすに移る練習

平行棒を持って一歩ずつ歩く練習

 

若い理学療法士さんは粘り強く取り組みます

Kさんとも仲良くなりました

 

今では……

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ご覧のように背筋も伸びて歩行器使用でスムーズに歩けるまでに改善しました!

ほとんど寝たきりだったKさんが、ご自分の足で歩いています

 

 

リハビリは緩和ケア病棟では診療報酬上の算定が認められていません

それでもスタッフたちは患者さんのQOL(「生活の質」と訳されています)の改善のためには、と頑張ってくれています

 

ある方の場合には「急な入院だったので、一度自宅の様子を見てみたい」との望みから、車いすでの外出にむけての練習が始まっています

 

患者さんは私たち以上に頑張っています

その「やる気」に感動しながら私たちも頑張ることができるのです

Tさんが亡くなられてしばらくしてから、担当の看護師さんと奥様を訪ねました

病院から自転車ですぐのところにお住まいです

そこが下町のいいところです

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まずお線香をあげさせていただきました

見上げるとりっぱな姿をされたTさんがほほ笑んでいました

「私の足が悪いので、息子たちがテーブルを運んでその上にきれいに飾ってくれたんですよ」

 

「とても凛々しいお姿ですね、でも優しそうな笑顔で」

 

入院中のこと、それまでのことなど、いくつかお話を聞かせていただきました

診察のためにお部屋を訪れると、いつもにこやかに笑ってくださったTさん

寝ているTさんに優しく頬ずりをされていた奥様をほほえましく見ていました

 

ご主人とふたりで仲良く暮らされていた奥様は、息子さんたちがそれぞれの日常に戻られたあと、急に一人になってしまいました

その日の夜、

いてもたってもいられなくなった奥様は病院のまわりを一人で歩きました、

とおっしゃっていました

――お父さんと出会えるんじゃないか、と

 

まだまだ受け入れるまでには時間がかかるかもしれません

でも少しずつ慣れていこうとされている姿をみて、思わず声をかけました

「さみしくなったり辛くなったりしたときには、いつでも病院に来てくださいね」

――私たちは大歓迎ですよ

 

ふと見ると、奥様はTさんお気に入りの椅子に腰かけていらしゃいました

私の目にはふたりで並んでいるように映っています

 

 

私たちみんなの胸に、Tさんの「ありがとう」の言葉と人懐っこい笑顔はいつまでも住みつづけることでしょう