高齢のOさんは癌の終末期で入院していました

食欲がなく、1日中ウトウト

幸いにも痛みはありません

主治医からは余命は半月と言われていました

 

 

「コロナのために短時間しか面会がかなわず、大好きな母親を抱きしめてあげることができない」

娘さんたちご家族は覚悟を決めました

サヨナラの言葉を伝えたかったのです と娘さんは話されました

 

 

Oさんは自宅に帰ってこられました

しかし一人暮らしです

娘さんたちは交替でOさんの介護にあたるため順番を決めました

 

訪問診療は当院から

訪問看護も当法人のステーションから

ヘルパーさんとともに頻繁な訪問の開始です

 

私たちはいわゆる「在宅での看取り」と考えていました

 

 

ところが…

Oさんはメキメキと元気になってこられたのです

娘さんの「奇跡が起こってほしい」という願いが通じたのでしょうか

 

 

その時どきのカルテから引用します

 

「たくさん食べてくれるんです!」

「お肉を3枚、夜中に家族を起こしてパンを焼いてきてと言いました」

 

「奇跡が起こったのでしょうか?」

「とってもうれしい」

と娘さん

一方では

「でもいつか泣かないといけない日がくるんですよね」とも

 

ご家族みなさんでおむつ交換などをかいがいしくされています

ヘルパーさんを含めいつもどなたかがそばに付き添っています

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退院の2か月後には

ドライブに行くまでになりました

靴を履き、数歩歩くことができたとのこと

車内ではしっかりと自分で座っていたそうです

「グラタンもコロッケも食べました」

 

 

退院時にはまったく食べれなかったOさん

蘇ったようです

 

 

その後長女である娘さん以外のご家族は仕事やそれぞれの家庭のことがあり

今は娘さんお一人で介護をされています

 

 

「私は腰を痛め困っていたところ、ショートステイに受け入れていただくことができ、その間に休んでリフレッシュしています」

ヘルパーさんやショートステイの職員の方々には大いに感謝しているんです

と涙ながらに話されました

 

「ショートステイに行き、元気になって帰ってくるんです」

「職員さんからは『お一人で食事をされました』『間食も召し上がられていましたよ』と聞き、ほんとにうれしかった」

衣類の着脱が楽になったこと、娘さんの言うことを聞いてくれるようになったこと

笑顔で報告してくれます

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退院後すでに半年が経過しました

 

その間すべてが順風満帆であったわけではありません

何度か発熱、意識状態の悪化、黄疸の出現など危機的な状況に見舞われました

 

「今度は難しいかもしれません」

と私たちがお伝えし

娘さんはあらためて覚悟を決めています と号泣されました

 

しかし…

そのつどOさんは「復活」されるのです

 

 

今は

ねたきりで全介助ですが

お家を訪ねると

「こんにちは」とあいさつを返されます

寝ている時間は増えてきましたが

「食事はしっかりと食べてくれています」

「寝ていてもご飯ですよと耳元で声をかけると目を覚ますんですよ」

 

 

 

■Oさんが在宅で頑張られるわけを考えました

 

ひとつはご家族に対する想いです

「自分の子どもより先に死ぬわけにはいかない」と常々お話されていたとのこと

母親であるOさんと、彼女を取り巻く娘さん・息子さんたちの愛情をつよく感じました

生きようとする力の源となっているようです

 

もうひとつは

食べることへの執着ですと娘さん

退院直後から介護食よりも魚や肉を口にされ

好きなものを食べることで元気を取り戻してきました

病状は決して改善しているとは言えませんが

食事に関してはまったく何も心配がいらない状態です

 

 

 

娘さんは

病状が悪化すれば大いに涙され

回復すれば心から喜ばれ

Oさんと一心同体です

 

 

私たちはこれからも

Oさんと娘さんを支えながら

訪問を続けていきます

この間新しく数名の薬剤師さんが入職され、緩和ケア病棟にも数か月ずつ関わっていただきました

率直な感想をお願いしたところ、文章にしてくれました

 

当人たちの了解をいただき、大切だと感じたところを私の判断で抜き書きさせてもらいました

 

*医師・看護師の昼のカンファレンスや看護師間のミニカンファレンスが頻回に行われ、ケアの方針を共有していること

*患者さんのQOL向上のため各スタッフが問題意識・当事者意識をもって接していること

*看護師さんはみんな患者さんの治療/ケアの方針を把握し、他の職種からも相談しやすい環境が整っていること

*疼痛、排便、睡眠コントロールに関して、カンファレンス記録として評価日と方針を記載しており、薬剤師からも方針の把握が容易であること

 

などを評価してもらっています

 

*薬剤師さんのカンファレンスへの参加が週1回のみとなっており、積極的な提案や関わりを持ちたいがそのことが不十分な点として反省されており、今後カンファレンスの参加頻度を増やすことや参加日を固定することなど積極的な提案をしていただいています

 

*とくに関心をもたれたことは

・排便のコントロール

・睡眠薬のこと

・せん妄時の向精神薬の使い方

など、私たちも苦労している課題について共通の問題意識をもってくれています

 

 

十分ではなかったと彼女たちは反省されていますが、頻繁に病棟にきてくれて患者さんのもとに足を運び、患者さんと打ち解けた話をされている姿をよく見かけました

患者さんからも「話しやすい人たちだよ」と喜ばれていました

 

薬のことで疑問点を投げかけると、しっかりと調べて教えてくれます

信頼関係はそのような日常のやり取りの中から醸成されてくるんでしょうね

 

 

緩和ケア病棟開設当初は薬剤師さんの関わりがたくさんありましたが、人数が減ったことでしばらくの間遠ざかっていました

このたび研修という方法でありましたが、医師・看護師とのコミュニケーションが深まり、患者さんのベッドサイドでも役割を果たされている姿をみて、改めてチームの重要性を認識することができました

 

今後も病棟で働く仲間としての活動を楽しみにしています

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医療の現場では当然のことですがとくに緩和ケア病棟では多職種での集団の力が発揮されます

それぞれの仕事に対するリスペクトと信頼関係が基礎となります

そのことを強く感じた出来事がありました

(伝えたい内容には差し障りのない範囲で話を簡略化しています)

 

<Eさん 80歳代の女性>

 

入院してこられたときには病状が進行し予後は短いと思われていました

Eさんのがんばりとスタッフの努力で予測が大きく覆され喜んでいました

 

しかし病気の悪化はおさえることができず

少しずつ痛みと息苦しさが強くなってきました

医療用麻薬がふえることで眠気がつよくなり、吐気もでてきました

 

呼吸困難を訴えられたある日のこと

一人の看護師さんが寄り添いながら背中を軽くマッサージしてくれて

Eさんにとってはそれがとても心地よかったそうです

「薬は効きますが眠気や吐気が困ります。背中を優しくさすっていただけることが安心につながります」と話されました

 

その日以降

看護師さんたちによって背中をマッサージされている姿を毎日見かけるようになり

薬の回数はいくらか減ったように思えました

 

 

私自身の経験ですが

原因不明の発熱で入院したときのことです

食事がほとんどとれず

繰り返す発熱と発汗で体力を消耗していたとき

看護師さんがタオルで汗を拭いてくれて軽くマッサージをしてくれました

そのときのホッとする感覚を思い出しました

 

気持ちが落ち込んだとき

しんどさで打ちひしがれているとき

さりげなく背中を支えられることで安らぎを与えられます

『手のぬくもり』です

 

不安や哀しみが和らぎ

有難さをつよく感じることができます

 

看護師さんならではのケアだと思います

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一人ひとりへのケアにかける時間はいくらあっても足りないのが現状です

しかし

「時間がない」ではなく

「与えられた時間で何ができるか」

を考え実践している姿に感動を覚えました

 

 

<Fさん 60歳代の女性>

 

前の病院でせん妄との診断のもと

多くの向精神薬が使われていました

 

1日中ぼ~っとされ

このままでいいんだろうかとみんな考えました

でもせん妄が悪化すればFさんもつらいだろうな

としばらくは経過をみることになりました

 

眠る時間が増え

食事で誤嚥することがあり

薬を飲むことが難しくなってきた状況で

思い切って薬を減量

最低限必要なものは点滴を行うことにしました

 

その結果向精神薬の過量状態から脱却することができ

食事がふたたびとれるようになりました

 

このような経過をたどっていたFさんでしたが

もう一つの課題はひっきりなしにナースコールをされることです

呼ばれていってもとくに何もないことがあります

忘れてしまうことが多く、何度も同じことでコールされます

 

さらに日本語での会話が十分でないFさん

母国語と日本語が入り混じった話をされるので

看護師さんたちはますます困惑してしまいます

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私が感心したのは

それでもナースコールのたびに丁寧に対応する看護師さんの姿でした

 

「おしっこがでる」「大便が出ました」「食事はまだ?」「お風呂の時間は?」

―どうされましたか?

「…さみしい」

なかなか看護師さんを離してくれません

そばにいると落ち着きます

そばにいてもコールされることがあります

 

やむなく薬に頼ることがありますが

以前のように意識が低下することは避けたい

薬がまず最初でなく

できるだけ時間をとり

丁寧に対応しています

 

ときに

「ゴメンネ」

と謝られるときがあり

憎めません

 

 

思いました

患者さんにとって看護師という存在は『落ち着く存在』なのだろうと

みんな患者さんがどうしてほしいのかを考えて行動していることです

 

 

ある書籍にありました

――「病気」に対してできることがなくても、病気を患う「人」に対してなら、できることがたくさんある

 

――(医師に対して)

患者を「治す」のと同じように、献身的に「ケアする」ための知識を得る努力をすれば、医師も人としてもっと成長できるはず

 

そして

――緩和ケアとは、患者と家族の声に耳を傾け、癒すこと。そして、このうえなく気高く、愛情をこめて、“はいできることはいつもありますよ”と言うこと。これこそ、医療の進歩です

 

と述べられています

 

 

私はこれまでたくさんの患者さんたちに育てられてきたと考えています

また同じように多くの看護師さんにも刺激を受け、育てられました

 

緩和ケアの現場ではますますその感を深くしています

 

 

 

私の大好きなマンガで

ある医師につぎのようなセリフを言わせていました

 

『病棟で最も重要なエッセンシャルワーカーは看護師の皆さんです

 患者さんと物理的、精神的にもっとも密に接するわけですから』

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出典: http://grandjump.shueisha.co.jp/manga/shrink.html

 

 

 <自分が意図せずに落っこちてしまった場所で体の痛みが少し引いてきたら、その状況をうまく利用する、という手がある。

なるほど、あのときの経験がここで使える。ヒントはすでに自分が持っていた>

 

<人生は一度きりってよく言うけど、私は、何度でもあるって思うの。どこからでも、どんなふうにでも、新しく始めることができるって>

 

 

青山美智子さんという作家さんがいます

行き詰っていたとき、悩みをかかえていたとき、しんどいなあと思っていたときに

出会いました

 

 

たくさんの本を出されています

いくつかの賞をとられています

 

その方の本を立て続けに読みました

 

☆1冊の書物の中ではいくつかの物語が語られ、その一つひとつが時間と空間をこえてつながっているのです

そのときのわくわく感で虜になりました

 

☆私の時々の心境にしっくりときた文章を抜き書きしました

それは語られるストーリイとは関係のないものかもしれませんが…

 

<相手の身になるって、

もし間違ってても、相手を想ってるってことだけは伝わるかもしれません。

その人がどう考えているのかなって想像するだけで楽しかったりするし>

相手の身になることはとても難しいことです

それでもいつも想い続けることができれば…

 

<正しい謙虚さというのは正しい自信だし、本当のやさしさは本当のたくましさじゃないかしら>

医療従事者として心しておきたい言葉です

 

<ない、がある時点で、だめです

その「ない」を、「目標」にしないと>

できない、わからない、知らない・・・

いくつもの「ない」がまわりにはあります

知らなければ勉強しよう

わからなければ人に尋ねよう

できないと言わず、できることは何かあるはず と

 

<その人に対してちゃんと誇れる自分でいたらまた会えるって、私は信じています>

悲しみから日常の生活にもどられたご家族が

同じようなことを話されていることを思い出しました

 

 

青山美智子さんが7月に新しい本を出版されました

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冒頭のふたつの文章はここからの引用です

恋愛のこともふくめ読む人にとっていろんな角度から描かれています

 

プレゼントにしたい本がまたひとつ増えました

 

冬には「ユア・プレゼント」として第2弾が出版されるそうです

楽しみにしています

私たちの病棟には「痛み」で悩まれている患者さんがたくさんいます

そして緩和ケア≒医療用麻薬と思われている人は医療従事者の中にも多数います

私たちにとっても、ともすれば医療用麻薬を当たり前のように使ってしまうという落とし穴に陥りがちです

このたび3人の患者さんに出会いあらためて痛みのコントロールについて考えてみました

 

患者さんについては年齢と性別は関係のないプロフィールですので省略しました

 

<Sさん>

過去に肺癌の手術を受けられています

左の側胸部から背部にかけての痛みが毎日のようにありました

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NSAIDsである程度の効果が見られましたがしばらくするとさらに痛みが強くなってきます

CTなどの検査では病変がはっきりせず癌との関連はあいまいなままでした

ある日オキノームを試してもらったところしばらくして効いてきたということで、オキシコンチンの定期内服を始めました

 

数週間は良好な状態が続きましたが、ふたたび痛みが襲ってきました

夜も眠れない状態になり、レスキューの回数がふえてきたため入院となりました

 

 

忙しい(言い訳になりますが)外来診療と異なり、入院という環境でもういちどしっかりと痛みについてお話をうかがいました

 

・痛みはいつも同じ場所―左胸から背中にかけてーで起こります

・持続痛ということなのですが、仕事中は忘れることがあります

・動作や深呼吸での増強はみられないと言われました

・痛みの性質は「ズキズキする」「刺されるような」と表現されます

・痛みの部位での圧痛や叩打痛などはなく、ヘルペスを思わせる皮疹は見られません

・オキノームは30分ほどである程度効果があるようです

 

 

全身の精査を行いました

血液検査、CT、内視鏡など…

でもまったく問題が見つかりませんでした

 

 

先ほどの訴えをもう一度振り返ることで次の検査を行ったところ

脊椎のMRIで多発する脊椎への転移が見つかりました

(CTの所見だけに頼ってはいけませんでした)

 

 

痛みの性質や部位を考えると当然の結果です

「脊椎転移に伴う神経障害性疼痛」と診断し、薬剤の変更を行いました

医療用麻薬はオキシコンチンからタペンタへスイッチ

それまで使っていたタリージェを増量

併せて看護師さんが「痛みの日記」を作り、患者さんに指導をして毎日記入してもらうことになりました……痛くなる時間やNRSなどです

 

するとその翌日からずっと悩んでいた痛みはほぼ消失

日常の生活に戻られ、気にかけていた仕事にも復帰することができました

 

 

冷静に考えると問診から考えるべき病態でありましたが、「肺癌があるから癌性疼痛」という思いにとらわれて医療用麻薬だけに頼ってしまった結果、患者さんの苦悩を長引かせてしまったと反省しています

 

 

 

<Tさん>

肺癌の患者さんのTさんは首の後ろから肩にかけての強い痛みで悩んでいました

医療用麻薬の飲み薬でコントロールをはかる努力をしていましたが、痛みに耐えかねて緊急入院となりました

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CTでは首や脇に多発するリンパ節転移、肺癌の増大を認めます

肺癌による痛みの悪化を疑い、急いで疼痛コントロールを図るためにモルヒネの持続皮下注射を開始しました

NSAIDsなども併用しています

 

治療により痛みはある程度抑えられるですが、薬の副作用のために眠気や倦怠感が強くなり、QOLが阻害される状況となりました

 

 

Tさんの訴えがややあいまいなこともあり質問の方法を変えながら問診を繰り返しました

 

・痛みの部位は後頚部と肩に集中していることがわかりました

・深呼吸では悪化しません

・リンパ節触診では痛みの訴えがありません

・上肢のしびれなどもありません

 

問診の結果にもとづき頸部のMRIを行いました

頸椎に大きな転移が見られたのです

これが痛みの元凶でした

 

 

そこで紹介元の病院と相談

緩和的な放射線照射を依頼することになりました

 

約半月後外来に来られた時、笑顔で「楽になりました。夜も眠れています」と言われ

もっと早くに対応ができていれば…と思った次第です

 

 

 

<Uさん>

かかりつけの先生からの紹介を受け入院となりました

 

腹部の癌の再発とのこと

腰や背中の痛みで終日悩まれています

しだいに医療用麻薬の貼り薬が増え、かなりの量となっていました

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入院を受けるにあたり

大量の医療用麻薬の使用が気になります

 

過去に2回ほど同じような患者さんが入院され

入院当日から意識障害や呼吸抑制があり

医療用麻薬の過量による副作用と判断し、拮抗薬にて対処しなんとか回復にこぎつけたという経験があったからです

 

 

私たちはまずつぎのような方針で臨みました

*過量投与による有害事象対策としてナロキソンの準備

*貼付薬はある程度増量しても効果が思ったほど期待できないと考え、減量するとともにオピオイドスイッチングとしてオキファストの持続皮下注射の併用(投与量を減らして)を行う

同時に離脱症状にも備える

 

 

幸いにも危惧された問題は発生せず薬の変更はできました

しかし痛みはまだまだ続いています

 

 

そこで次に痛みの評価を原点に戻って行うことになりました

受け持ちの看護師さんの努力で痛みの分析を行い

Uさんの場合は「腫瘍による内臓痛」と「骨転移に伴う体性痛」、そして脊髄神経の支配領域に集中する「神経障害性疼痛」の混在であると判断しました

とくに神経障害性疼痛の関与が大きいことが共通の認識となりました

 

治療薬として

*医療用麻薬(貼付薬+持続皮下注射)は継続

*NSAIDs併用

*リリカを開始

(ステロイドはそれまでに処方されていました)

と方針を立てました

 

その結果

翌日からは痛みがかなりコントロールされたのです

座ることができなかった状態からギャッジアップで食事がとれ、睡眠が確保され、UさんのQOLは改善してきました

 

 

3人の患者さんに関わったことでもういちど大切なことを振り返ることになりました

 

 

*緩和ケア≒医療用麻薬ではないこと

*患者さんからの話を丁寧に聞くことから始めること

*必要な検査は躊躇せずに行うこと

*痛みの評価は毎回基本に帰って行うこと

  ―経験や主観にたよったり、我流にならないことです

*困ったときにはカンファレンスでみんなからの意見を求めること

 

を肝に銘じたいと思います

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