8月のブログでマッサージのことを少し書きました
今回その点について考える機会がありました
(1)Aさんの話
Aさんは高齢の方です
ご家族が入院に向けての面談に来られたとき、「不安がとてもつよい人です」「家族が外出したときには『早く帰ってきて』といつもお願いをされます」と話されていました
数年前に病気がわかり、そこから手術や抗癌剤治療を続けられ、体力の限界を感じてきたときに緩和ケア病棟を勧められました
長年にわたる病気との付き合いで疲れ果てているのでは、きっと不安でいっぱいだろうなとAさんの姿が想像されました
面談から約1か月後、Aさんは私たちの病棟にやってこられました
検査で全身に転移が見つかり
痛みと下肢のしびれをとくに訴えています
医療用麻薬をはじめいくつかの薬の組み合わせで痛みはいくぶん和らげられたようです
しかし病気の進行を止めることはできず
ふたたび痛みと下肢のしびれや麻痺が悪化してきました
――カルテから拾ったAさんの言葉と看護師さんたちの記録から;
「脚が動かなくなった。痛みもしびれも熱い冷たいもわからない」
「看護師さんが病室にこられるときには毎回脚のマッサージをお願いしますね。マッサージを続けていれば動くようになるのかなあ」
「(脚を)さすってもらったら気持ちがよくなる」
「風呂に入っているときには体がふわっと浮いて力が抜けて楽になるんです」
看護師さんたちは症状が少しでも軽くなるならと、そのつどマッサージをします
Aさんは「病状の受け止めが十分にできていないのかな」と主治医は何度か丁寧に説明をしていますが、「マッサージで脚が動くようになるのでは」と期待を捨てきれていない様子です
もともと不安のつよいAさん
コロナ禍で面会の制限があり、一人病室で過ごされる時間が長く
不安がいっそう掻き立てられるのではと思われました
医師からも看護師からも病状の話をし、そのときには「わかりました」と返事をされるのですが、表情は険しいまま
・・・不安に寄り添う看護が必要とカルテに記載されています
さらにカルテ記載から
・・・午前中は不機嫌な表情であったが、マッサージなどをしていると表情が穏やかになる。看護師がAさんのことを気にかけているとわかればストレスが緩和されるのか
他職種の関わりも増やし、何かしてもらえていると伝われば落ち着いて過ごすことができるのでは
とリハビリスタッフもかかわりをもってくれることになりました
――受け持ちの看護師さんに聞きました;
*自分のことを気にかけてほしいAさん
他の患者さんのケアの必要から病室を変わることになり、ナースステーションから離れることで「見放された」と思ってしまったようです
*不安感のつよいAさん
「そばにいてほしい」
「人と話がしたい」
看護師さんがマッサージをしながら病気に対する心配事を聴き、日常のテレビの話など雑談も交えて話をすると、最後には笑顔が見られることがあります
*看護師さんの思い
脚が以前のように動くことは難しい
でもマッサージをすることで気分が落ち着き、自らのことを整理する時間を作ることができればと思っています
難しいですが、メンタル面でのケアの必要性を感じています
*主治医から指示をもらい薬を勧めましたが、「薬はいいからさすってほしい」と言われます
このようなケア・看護を粘りづよく行っている姿をみて
とてもかなわないなあ・・・と
つくづく実感しています
(2)「タッチング」について
いくつかの文献を調べてみました
医療(とくに看護)分野では「タッチング」という言葉があります
―手を当てる、さする、もむ、圧迫する、軽くたたく などです
臨床の現場では重要な技術の一つであり、安心・安楽を与える非言語的コミュニケーションと言われています
その目的と効果は、いろいろと書かれていますが、私は次の3点が大切だと思いました
以下の記載は次の資料を参考にしています
https://kyotoohara.or.jp/recruit/nurse-blog/nurse-touching.html
<一つは、痛みや違和感を緩和すること>
これまでも腹痛や腰背部痛が看護師さんのマッサージやタッチングなどで緩和されている場面を何度か目にしました
痛みだけではなく呼吸困難や吐気も和らぐようです
<二つ目に、不安を解消して安心感を与えること>
Aさんに対するマッサージはまさしくこの効果が大きいようです
私の経験でも、身内が重い病気になったとき足裏をつよくマッサージすることで心地よい眠りを誘うことができたことを思い出します
さらに不安のつよい時、そばにいてくれるということは安心の保証となっています
<三つめに、お互いの信頼関係を築けること>
看護師さんのカルテにあったように、雑談からでもたくさんの話ができ、患者さんの心を開くことにつながるのではないでしょうか
Aさんの胸の中にたまっていることを少しずつでも出してくれることができればと思います
医師としては「薬に頼るしか方法がない」と思ってしまうことは間違いだと気づきました
ある本に次のような出来事が書かれています(一部略しながら引用します)
――〇〇さんは吐気に悩まされていました。吐くものがないのに吐気が止まらず眠れない。夜中に背中をさすってもらうと落ち着くということがあって、総合病院に入院していたとき看護師さんに「ちょっと背中をさすっていただけたら楽になるのですが」とお願いしてみました。ところが「それは薬ですべてやります」、そう言われてにべもありません。
(中略)
その後にホスピスに入院して、家族が泊まり込み夜中に〇〇さんの背中をさすってあげていました。それを見た看護師さんが「やりますよ」と言ってくれ、たびたび〇〇さんの背中をさすってくれました。
――言葉をかけてくれたり、見に来てくれるだけでは不十分なんですよ。ちょっとでも触れたり、さすってくれると、患者はどれだけ楽になれることか……
(3)文献のレビューから
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsnas/8/3/8_91/_pdf
このサマリーから引用します
「(文献の総合的レビューから)ストレス状況下における看護師によるタッチにはストレス、不安、苦痛を軽減する効果があること、ナーシングホームやホスピスの入居者、がん患者へのハンドマッサージやフットマッサージには安楽や症状緩和の効果があること、全身/背部マッサージにはリラクゼーション、疼痛緩和、皮膚温上昇の効果があることが明らかにされた。また会話しながらのタッチは会話のみの場合よりもストレス緩和の効果が高いなどの実践への示唆が得られた」
(4)積み残した課題
今回マッサージ/タッチングに関していくつかの角度から考えてみました
その中でテーマとは直接には関連するものではありませんが、これからの課題として考えてみなければいけないことが浮かんできました
※病状を『受け止めきれていない』と思われている患者さんがいます
しかし、今の苦痛の原因を知ることのみが目的ではないように思います
・ 「こんな状態になってしまったことが、悔しい、情けない、腹立たしい」という思いをぶつけたい気持ちに共感する努力がいるのでは?
・受容が必要と言って、悪い病状を繰り返し説明することで、患者さんの小さな望みをつぶしてしまっているのでは?
などと考えてしまいます
※私たち医療従事者の仕事はますます忙しくなっています
だれかにそばにいてほしい人がいて、必要なときにその人の為に時間をつくること(ある先輩医師は「時間を注射する」と言っていました)はできる努力ではないのかと、私のこれまでを振り返りながら反省する毎日です
難しい課題ですが、引き続き考えていきたいと思います