――なんでわたしだったの?

――どうしてこんな病気になったの?

――癌になる人はふたりにひとりって聞いていたけど…

それでも半分は癌じゃないのにどうして?

――わたし、なにか悪いことをしたのかな?

 

痛みや吐き気がつづき、眠れない夜をすごしていた女性

その日担当になった看護師さんに

ご自分の思いを淡々と話されました

 

――どうしてなのかな?

――元気なお年寄りもたくさんいるのに

どうしてお母さんなのかな

 

と付き添っておられたご主人も話されます

 

患者さんのそばに腰かけた看護師さん

患者さんの背中から手足にかけて丁寧にマッサージをしつつ

お二人の話を聴きながら

どう言葉をお返ししようかと悩んだそうです

 

「なぜ○○さんだったのか、わたしにはわかりません

きっと担当の先生にもわからないことだと思います

でも○○さんのお辛い気持ちはよくわかりました

いままで弱音を口に出されなかった○○さんが

ご自分の率直な思いを吐き出すことができて

直接お話が聴けて

わたしはほっとしました

だれだって病気はいやですよね

なぜ自分なんだと思われること

当然だと思います

でもね

○○さん

どうして病気になったの?

なぜ…?

ってずっと考えてばかりいることは

とってもしんどいように

わたしには思えるんです

 

病気になったことはとてもお辛いことだと思います

でも緩和ケア病棟の中で

お父さんとずっといっしょに時間を過ごされ

今まで以上にたくさんのお話をされ

嬉しい時間、楽しい雰囲気を共有できたこと

それって

とても大切な時間なのじゃないのかなと

わたしたちは思っています

 

これからもその時間を大切にしてほしいです」

 

この報告を聞き

わたしは看護師さんに拍手をしました

患者さんが生きる意味を実感しながら毎日を過ごされるお手伝い

そのものではないでしょうか

 

○○さんは

ご自分の意思をしっかりと表明される患者さんです

ご自分の治療、療養の場所など

すべてご自身で決めてきました

 

体力がしだいに低下してきても

トイレには歩いて行きたいと頑張ります

 

足腰が弱ってくると

車いすでトイレに行かれます

 

ご主人は音を上げることなく

付き添っていました

 

尊厳ある人として

生きることを支えたい

この思いは

わたしたちみんなが共有しています

 

 

ご自分の意思を

しっかりと示してこられた○○さん

その方がなぜ弱気になったのだろう

と、思っていました

 

ご主人とふたりきりで話をすることがありました

そのとき、わたしの疑問に対する答が見つかりました

 

 

――前の病院に通っていたころ

妻はひとりで診察室に入り

わたしの同席を嫌がっていました

きっと自分ですべてを受け入れようとしていたのだと

思います

病気がわかってからも

痛みをかかえながらがんばって歩いていました

つらい姿を見せると

わたし(夫)が困るだろうと思っていたようです

わたしのことばかりを気にかけていました

――体調がすぐれないまま

自分から先生に検査を依頼することはなかったのです

だから病気が発見されたとき

手術はできない

余命も長くない

といきなり告げられました

でも過ぎたことはしょうがない

という考え方をしていた人なんです

 

――病院の先生にすべてを任せて

安心して通院していたのに……

悔しかったのだろうと思います

 

――だからこの状態になり

「どうしてこのような病気になったの?」

という言葉になって出てきたのじゃないのかな

とわたしは思っています

 

 

「短い余命」とわかってから○○さんは

多くのものを捨てていかれました

衣服もたくさん処分しました

 

「自分はいずれいなくなる身だから…」

 

「わたしには生活するうえでの大切なことを、全部伝えきれていなかったという心残りがあるのでしょう」

とご主人

ときには厳しくあたることもあったようです

 

 

長いお話を伺いながら

涙をこらえることができませんでした

 

 

あるとき

「大切にしたいものってなんですか?」と尋ねました

 

○○さんはすかさず

となりにいるご主人を指さされて

「この人よ!」

と言われたのです

 

 

ふたりでベッドに腰掛け

大好きな果物をいっしょに食べ

気分のいいときには

看護師さんに付き添われ

ベランダに出て

頬をなでる外の風に目を細めながら

 

残りの命を

ふたりでひとつずつ

すてきな思い出に

きっと変えていっているのでしょう

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