過去のことになります。

まだ若い女性ががんになりました。

ある事情から手術を拒否されたとお聞きしました。

 

それから10年が経ち、ずいぶんと弱った状態で私たちの所に往診の依頼がありました。

訪問すると、彼女は仲のいい友人と二人で生活されており、その友人が慣れない介護をしていました。

 

食事をすることが大好きな彼女でしたが、無理をして食べると数分後に全部もどしてしまうのです。がんのために食べ物が通らなくなっていました。

そのため同年代の女性と比べておそらく半分以下の体重ではないかと思われるほど痩せています。

肌は透き通った白い色をしていました。

きっと家から出られなくなり陽にあたることもなくなったのだろうなと思われ、また貧血がかなり進んでいることもうかがわれる白さでした。

 

「はじめまして」という声もかすれがちで、一言声を出すたびに肩で息をするような具合です。

 

医療も介護もまったくうけていない状態でした。

畳に布団を敷いて寝ています。

排泄は友人がいるときには支えて何とかトイレに行きますが、無理な時にはおむつでした。

(若い女性がこんな状況になるまでよく耐えていたなあと率直に感じました)

 

ケアマネジャー(になる予定の人)と訪問看護師、そして当院の看護師、事務職員、私、患者さんご本人、友人の女性などで相談です。

「まず介護保険の申請をしましょう」

「畳に布団では体も思うように動かせない、介護する側も大変、なのでベッドを入れましょう」

「水分はなんとか飲めるようなので栄養剤(半消化体栄養剤)を試してみよう」

「訪問は週1回行います」

それぞれがまずできることを出しあいました。

 

結果として、ベッド、エアマット、ポータブルトイレ、サイドテーブル、室内用車椅子などがそろいました。

でも実現は簡単ではなかったのです。

 

介護保険は申請してから約1か月経たないといわゆる「介護度」が決まらず、すぐに利用できる制度ではないのです。

私たちは「間違いなく介護度は高いだろう。暫定で開始してもらおう」としました。

しかし福祉の担当者からは「色々と暫定で開始するのはいかがなものか?」「介護の認定結果が出るまで待てないのか」と言われました。

 

そこで私たちはそれぞれの立場から、

『今は1日1日が大切な状態である。苦痛を緩和し、(自宅で暮らしたいと言う)ご本人の意向どおりの生活のためには、暫定でもみんなが幾度も訪問し援助をしている。オムツに排泄したくないという ご本人の思いをかなえるためにベッドやポータブルトイレなどは1日でも早く入れるべき』

『ご本人の人間としての尊厳を尊重する意味でも、またご 本人や介護者の負担を少しでも軽くするためにも絶対に必要である』

と、意見を述べたり直接交渉したりして、実現させたのです。

 

訪問看護師の介助で自宅のお風呂の使用ができました。

栄養剤を飲めることで口から食べたいという思いをいくらかでも叶えることができました。

トイレには行けなくても、友人の助けでベッドの横においたポータブルトイレが使えます。

「食事」「排泄」「清潔」という介護上最低限必要なことが保障されました。

当初苦痛な表情が多かった彼女の顔に笑顔が戻ってきたのです。

 

……………

 

病気は少しずつ彼女の体力を奪います。

ホスピスへの入院を希望され、近くの施設にお願いしました。

そこで症状がいくらか落ち着いたあと、もういちど自宅に帰りたいという望みが強くなり、自分の住み慣れた部屋に帰りついた後、息を引き取りました。

 

……………

 

私たちの国はますます高齢化する社会への対応のためにという目的で、医療や介護の制度をどんどん変更してきました。

しかし制度は誰のためにあるのかということを決して忘れてはいけないでしょう。

制度が患者さんや家族を苦しめるものであってはいけないのです。

医療・介護の現場から現状と切実な要求をいっぱいぶつけていきたいと思います。

 

2014年の年末の忙しいとき、与党のかってな論理で総選挙が行われようとしています。

医療や介護が少しでもよくなる方向に頑張ってくれる議員さんたちが増えることを強く期待します。

11月に2回開設にむけた説明会に参加し、今の到達点についてお話させていただく機会がありました。

ひとつは地域での説明会で34人の方が日が暮れてからの寒い中集まっていただきました。

もうひとつは神戸協同病院の待合室で開催しました。

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緩和ケアのそもそもと厚生労働省による病棟の施設基準、そして当院で検討中の入院基準案などを話しました。

以下はそのときの資料の抜粋です。

2

合わせて印象に残った患者さんのことを伝え、一緒に考えてもらいました。

 

その時に出された質問です。

『入院の費用は? 保険は効くの?』

『入院の審査はきびしいのですか?』

『緩和ケア病棟に入院中にもう一度積極的な治療を患者さんが望まれたときは?』

『病棟が一杯(満床)のときはどうするの?』

などなどです。

原因疾患に関わらず終末期患者さんであれば入院が可能という「誤解」もありました。

 

ひとつひとつに丁寧に答えていく必要を感じています。

 

いよいよ工事が始まります。

そのときには入院患者さん、通院患者さんはもとより、地域の方々にも多くのご迷惑をおかけすることになります。

いろんな場面での説明会を開きながら、地域に根差す(下町の)緩和ケア病棟づくりに努力をしていきます。