初老期の女性患者さんのお話です
腹痛と腹満感で入院してこられました
薬の調整で痛みは改善
しかし腹水が増えてくるにつれて食事が以前ほど食べられなくなってきたときのことです
ある日の夜勤の看護師さんから聞きました
「わたし、どうしてこんな病気になったのかな?」
「はやくあっちに逝って主人に会わなくちゃ」
「死ぬのは怖くないの。どちらかっていうとはやく終わらせたいなあって思っている」
この女性はエンディングノートもつけていらっしゃるそうです
「主人が夢にでてきたの。そろそろ俺のところに来るか?って」
「わたしはそうしようかなと返事したの」
そのことを娘さんたちに話すとおどろかれたとのことです
最期を迎えたあとのことをあれこれと娘さんたちに頼んでいると言われます
「自分の死に際は自分で幕引きしないとね」
病気が見つかったときのことに話が及びます
調子をくずされ、病院を受診
すぐさま緊急入院となりました
「心の整理なんてあったものじゃなかったわ」
「抗癌剤はとてもしんどかった」
立て続けにいろんなことが身にふりかかり
落ちついて考える余裕もなかったと話されます
しだいに自分のことを客観的に考えることができるようになってきたころ
「早い段階で緩和ケア病棟にお世話になりたいって思うようになりました」
担当医は、治療でよくなっている時期だからもう一回信じてほしいと言われ、結局しばらく治療を続けることになりました
しかし薬の副作用からか、しんどさがさらに強くなってきました
「先生にわたしの思っていることをすべて伝え、気持ちを出し切って、緩和ケア病棟に行きたいって話しました」
「先生は、ほんとにそれでいいのね?って聞いてくれて、やっと治療を終えることができたの。やっとよ」
その後彼女は私たちの病棟に来られることになりました
夜勤を終えた看護師さんからお話を聞いて感じたことがあります
☆まず、このような大事な話を聞かせてもらうことになった看護師さん
あなただから話をしたのよ
ということではないでしょうか?
残念ながら私ではなかったのです
☆「早期からの緩和ケア」について考えさせられると同時に、患者さんは主治医に思いを伝えることに相当の勇気が必要だったのではないでしょうか?
エンディングノートをつけられていること、娘さんたちに自分がいなくなった後のことを話されてきたこと、など彼女の生き様が大きくその後の人生を左右することになったのでしょう
当時の主治医が理解を示してくれたことも大きいと思います
緩和ケア病棟に入院される患者さんの中には、できる所まで治療を続けられ、ついにある日突然「これ以上することはありません」と告げられて移ってこられる方が少なくありません
その意味では彼女はいい医療環境の中にいたとも言えます
私は癌の治療に携わることがなく、最新の化学療法や手術のことはその都度成
書で勉強するしかありません
ひとつだけ言えることがあるとすれば、
医師(あるいは医療従事者)と患者さん(ご家族も)の二人三脚での医療がど
の時期であろうと大切だということは確信しています