真夜中に患者さんとのお別れをしたあと、ようやく家にたどり着いてひと眠り

ゆっくりと目覚めて休日の日課になっている喫茶店へ行きました

モーニングサービスとアイスオーレがお目当てです

 

4人がけのテーブルにつくと、巨大なガラス窓から公園が見えます

澄み切った青空、気持ちのいい秋の朝でした

お店手作りのリンゴジャムをトーストにのせて、しばらくはこの雰囲気を味わいました

 

……少し前に看護師さんたちとかわした真剣な議論の場面がよみがえってきます

テーマは「緩和ケア病棟での輸血をどう考えるか?」でした

とってもむずかしいテーマです

直截的なことばでの議論とともに、少し水割りをされたことばのやりとりも必要です

 

私たちの病棟を開設するとき入退院基準なるものを提案し、今もそれを基準にしています

輸血に関しては、「大量の消化管出血をきたし、輸血を頻繁に必要とされる場合には一般病棟での治療をお願いする」ということが了解事項でした

入院基準にも入院適応とならない場合のひとつとして「多量の輸血療法」とあります

かなりぼやかした表現です

 

患者さんは出血がつづき急性期病棟では頻回の輸血でしのいでこられていました

目に見える出血がなくなり、輸血も当分はしなくてもよくなり、緩和ケア病棟に移ってこられました

しばらくは落ち着いた日々を過ごされていました

しかししだいに(出血のサインはありませんが)貧血が進行、同時に全身倦怠感が増加、血液検査をみながら輸血の再開です

病状の進行とともにしんどさが増し、輸血の頻度が増える可能性がでてきたときの議論でした

「患者さんからは不安もあり、輸血の回数を増やす希望が出されています」

「輸血の条件として一応はヘモグロビンが7.0以下を基準にしています」

「大量・頻回の輸血が必要となったとき緩和ケア病棟ではどこまで行えばいいのかの基準はありません」

「輸血後の患者さんのADLや表情は明らかによくなっており、緩和につながっていると評価できます」

「しんどさに対してステロイドなどの他の手段はすでに行われており、有効な緩和の方法は考えにくい状況です」

「急に輸血の希望が出されたときの対応や判断に困る可能性がでてきました」

「何回以上となれば一般病棟へなどのような明確な基準はつくれないものでしょうか」

「かりに一般病棟へお願いしたとして、受け入れる側の病棟はどのように思うでしょうか」

などそれぞれから多くの意見が出されました

簡単には結論が出ません

 

この議論を終えてから後日いくつかの文献にあたってみました

 

(1)「日本ホスピス緩和ケア協会」ホームページのQアンドAから

「通常の診療は患者さんやご家族の希望に応じて、今までと同様に継続して行います。…輸血など全身状態を維持するために必要な検査や治療は行います」

 

(2)私たちが教科書にさせていただいている「トワイクロス先生のがん患者の症状マネジメント」より

―緩和ケアおける非緊急性の輸血―

適応

一般に、次の基準すべてに適合しているときに行うべきである:

  • 貧血に起因した症状、例えば、労作時に疲労感、脱力感、息切れが起こり

・それらが患者にとり煩わしい

・日常生活を制約する

・輸血により是正できる可能性がある

  • 輸血の効果が得られ、その効果が少なくとも2週間は持続すると期待できる
  •  患者が輸血とそれに必要な血液検査を受け入れている

禁忌

  • 既往の輸血で利益が得られていない
  • 状態からみて、患者の死が差し迫っている(超終末期である)
  • 患者の死を遅らせるだけという表現があてはまる輸血である
  • 「何かしなくてはならない」と思う家族からの要求を根拠とした輸血

 

輸血は、元気さ、体力、息切れの点で75%の患者を助ける。

ヘモグロビン値が8g/dl以下の患者にも、8~11g/dlの患者にも、同

じ程度の利益をもたらす

(3)厚生労働省の指針(平成24年3月改正)より

使用指針:慢性出血性貧血

「消化管や泌尿生殖器からの、少量長期的な出血による高度の貧血は原則として輸血は行わない。日常生活に支障を来す循環器系の臨床症状(労作時の動悸・息切れ、浮腫など)がある場合には、2単位の輸血を行い、臨床所見の改善の程度を観察する。全身状態が良好な場合は、ヘモグロビン値6g/dl以下が一つの目安となる」

 

末期患者への投与

「末期患者に対しては、患者の自由意思を尊重し、単なる延命措置は控えるという考え方が容認されつつある。輸血療法といえども、その例外ではなく、患者の意思を尊重しない単なる時間的延命のための投与は控えるべきである」

QOLの維持・改善のためにできることを考えるのは当然です

「トワイクロス先生」の基準・適応にあるふたつめの●、「効果が少なくとも2週間持続する」という判断は絶対的なものなのでしょうか?

さらには、厚労省の指針の「末期患者への投与」は「不適切な使用」の項目にあげられていました

「不適切」という表現と「患者の自由意思」、矛盾しないのでしょうか?

 

……ますます難しくなりました

当院としての基準づくりにはまだまだ経験と議論が必要なようです

さて再度今回の話し合いのまとめです

「倫理的な面から考えると一概に病院の基準として○週に○回などと決めることは難しい」

「輸血が有効な緩和方法となっていないと判断される場合には、医師から今後の方向性の説明をして患者さんと相談する」

「輸血は本人の体感や希望で行うものではなく、血液検査などの根拠をもって行う」

そして、

―輸血にかかわらず、治療の方向性や看護の方向性については、医師・看護師にかかわらず各個人の考え方が存在する。どの考え方が正しいともいえないため、カンファレンスを行い、意見を出し合って話し合いの上で方向性を決めていく―

というところに落ち着きました

当然決定は医療者だけでなく、患者さん本人やご家族との十分な話し合いが前提となります

短い時間でしたがとても有意義な議論となりました

これからも困難を感じたときにはみんなで話し合っていくことが大切だと実感しています

20151020

 

 

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