緩和ケア病棟にたずさわって最も苦手な領域のひとつが「せん妄」です

今までたくさんの失敗を重ねてきました

患者さんを不安にさせたり、怒らせたり、私の一言で混乱を招いたり

毎回反省と後悔の繰り返しです

 

 

そんなとき

ある患者さんとの出会いがありました

抽象的な議論ではなく

患者さんの言葉をもとに

看護記録などから拾い上げることで

なにかの教訓が見つけられればと思っています

 

例によって個人の特定を避けるため年齢や性別、病気については変更を行っています

「」内は主には看護記録、あるいは患者さん・ご家族の言葉からの引用です

―――の部分は私なりの受け止めです

 

 

Aさんは高齢の男性です

ひとり暮らしをされていました

癌の術後の再発により余命は短い月の単位いうことで私たちの病棟に入院してこられました

 

入院日をXとします

Aさんは悪性腫瘍以外にこれまで誤嚥性肺炎をくりかえしていたとの情報がありました

ほとんどベッド上で臥床中ですが、ときにはご自分で寝返りをされていました

会話はしっかりとしており、意思の疎通には問題はありませんでした

テレビを見ることが大好きで、リモコンの操作は得意でした

 

看護師さんの記載です

「疼痛なし、呼吸困難感なし

症状は咳・痰、誤嚥性肺炎をくりかえされていた

ときには痰の吸引が必要のようだ」

また患者さんのご希望を聞いています

「家に帰って仏壇を拝みたい

歩けるようになりたい」

重要な情報ですが

「睡眠薬の使用はなし」とありました

 

X日の夕食はご自分で摂られています

「食べました、おいしかったです と笑いながら話される

少し食べこぼしあり

発語は聞きとりにくいこともあるがちぐはぐなし」

 

夜間のこと

「ここは静かですね、よく眠れそうです」

と静かに就眠されました

 

X+1日もおだやかに過ごされました

ご家族と携帯電話で楽しそうに会話をされている姿をみかけました

 

新型コロナウイルス対策のため

ご家族の面会は1日15分までという制限を設けていたときです

娘さんからは「気分に左右されることがあるのでお願いします」

と依頼をされました

 

 

X+2日目の夜のこと

 

「廊下まで聞こえる声で『おーい、おーい』と呼んでいる

訪室すると『〇〇ちゃんはどこ行った?』

いったん落ち着くも独語が続く

興奮はされていない

『みんなここにいる

病院に帰らせて

ここじゃない、ここは病院じゃない』

会話がちぐはぐ、せん妄か?

『歩いて帰る、車が迎えにきてる』

しばらくお相手をしていると落ち着かれるが、目をつむって同じことを話されている」

「何度もナースコールあり、眠剤を服用していただいた

薬は拒否なく飲まれる」

 

X+3日目も同様の記載あり

 

「眠剤のため覚醒が不良となれば誤嚥のリスクが高くなり、使用方法を検討したい

患者さん『何回も肺炎になった、死んだ方がまし』と言われている」

―――この時にはご自分のおかれている状況は理解され、誤嚥性肺炎に対しての不安感や恐怖を感じていたようです

 

日中も混乱が続いています

「食事は食べられたが会話は深まらず

『家に帰る、ここに閉じ込められた、そこに猫がいる』

危険な行動はないが訪室の回数を増やす」

―――猫という幻覚(?)が見えているようです

「ベッドを自動車、ベッドのコントローラーを車のカギと思われ、ご自分でギャッジアップされている

ここは病院であることを伝えると、『自分で来た覚えはない』と知人に電話をされ、『監禁されている、今すぐ迎えに来い』と

辻褄の会わない会話が続き、しだいに興奮が強くなってくる」

―――病院であるという見当識は保たれていますが、監禁されているという表現から危機感を持ち始めているようです

また興奮が強くなっており一層の対応が求められてきました

 

娘さんから電話があり、昨夜からの変化と今日の状況をお伝えしました

娘さんからは「せん妄と思います。以前にもありました。いやな夢を見たのではないでしょうか?またすぐに元に戻ると思います」と話されました

―――せん妄ということでのご理解はされており、これまでにもご家族は対応されてきたことがうかがえます

 

一方では食事は食べますとご自分で摂られています

この間看護師さんたちは身体上の問題がないかと検討しました

しかし痛みなどの不快症状はなく、尿失禁や排尿困難、排便困難も見られません

熱も出ていないようです

 

Aさんは携帯電話を操作してご家族などと話をされながらも、つじつまの合わない会話は続いていました

―――日常行っている行為はある程度可能です

 

夜間ケアが手薄になる時間帯には向精神薬の使用がカンファレンスで検討されました

しかし入院時には娘さんから精神に作用する薬はできるだけ使用を控えてほしいとも依頼をされていました

使用時は慎重にとの方針を共有しました

 

それでも夜間の興奮が強くなってくると

常用量の半分を使ったりすることがありました

 

その結果

X+5日ごろには日中も眠ってしまうことが多くなりました

それまで食事時には唯一おだやかにされていましたが、眠ってしまい食事を摂れない日ができてしまいました

 

 

X+7日

入院されて1週間が経過

 

ストレッチャーでの入浴後

ありがとうとの言葉が聞かれました

 

午後には娘さんからの電話

「娘さんに食事は食べたかと尋ねられ、『今からや』と元気よく話される

しっかりと会話ができている」

「『昨日はいろんなところに行ってた、夢の中でな…。そうやな夜は薬を飲んで寝た方がいいかな』と話され、閉眼する」

―――この時点では興奮されることがなくなり積極的な向精神薬の使用は行われていません

しっかりと会話ができ、ご自分のことに関しての意思表示が可能となってきています

 

夜間眠れないときにはご本人から眠剤を希望され、少量の内服で眠ることができていましたが、翌日には日中の覚醒状況が芳しくなく、看護師さんたちは試行錯誤の状況であったようです

 

同時に娘さんからは「うとうとすることが多く、食事が進んでいません。食事時は覚醒し、なるべくしっかりと食べてほしい」と思いを何度も告げられていました

 

 

X+2週間

当直の看護記録です

 

「夕食時は覚醒し、会話しながら食事を楽しめていた。眠前には『もう寝ます』と言われ、眠剤を使用せず入眠できていた。朝も朝食前に目覚めている」

―――せん妄からの脱出のきざしが見えてきました

 

さらには

「15分だけの面会であるが、ご家族の思いを聴き、現状を共有しながら目標設定をしていく」という方針を立てました

Aさんからは『今日はよく眠れた。眠ることよりも食べることがいちばん。今度肺炎になったら、その時が命の終わりや』との言葉が聞かれています

―――ご自分のしたいことをしっかりと話すことができました

また誤嚥による肺炎を恐れていることを再確認しました

 

娘さんは面会後に「薬で眠気が残り父の思うことができなくなることがいちばん辛いことです。でも今日はしっかりとしており、自分で半分ほど食べてくれました」と表情よく帰宅されたとのことです

 

口からたべること、誤嚥を予防することがAさんとご家族にとって最優先の目標であることをもういちど確認しました

 

 

それからの約2か月の間

Aさんは時々は調子を崩されることがあるものの、毎日面会に訪れる娘さんとの短時間の会話や食事の介助の時間を楽しまれました

 

 

―――なぜせん妄から回復されたのか?

考えてみました

看護記録では比較的客観的な記載が多いのですが、行間を読み取ると看護師さんたちが粘りづよくAさんと向き合っていることがわかります

興奮を無理に抑えようとせず、寄り添ってくれました

また娘さんからは眠剤などはできるだけ望まないと話され、使用を極力控えたことも大きかったのではないでしょうか

みんなは食事にこだわりました

口から食べることは患者さんやご家族の望みであり、Aさんの不安(誤嚥⇒肺炎)を和らげるという両面を支えたこと

これらが相まって改善にたどりつけたのではないでしょうか

 

 

 

それでも病状は徐々に進行

ゆっくりと旅立ちの時を迎えられました

入院中には誕生日のお祝いもできたのです

 

 

この間私はといえば

回診のときはAさんはほとんど眠られており

看護師さんたちのような会話があまりできていない状況でした

脱水予防のための点滴の指示や、尿路感染対策など、医療面でのバックアップに努めていました

 

 

Aさんがせん妄から復活されたときに話をしたことがあります

いちばんしんどかった時のことを覚えていますか? とたずねると

『夢の中にいたような気がします。とても不愉快な夢でした』と

 

せん妄の間、患者さんは不安や恐怖、混乱の真っただ中を漂っているのでしょう

できることなら不愉快な夢がすこしでも心地よい夢であるようなかかわりができないかと考えています

 

残念ながら薬はその役目を十分には果たしてくれないように思います

 

正直なところせん妄に陥っている患者さんを前にして、わたしは今でもなすすべなく立ち尽くすことが少なくありません

むしろ誤った対応からよりひどい状態に追い込んでしまったこともあります

そのときには自分は緩和ケアには向いていない、医師としてやっていけるのだろうかと何度も悩みました

 

Aさんの主治医になってたくさんの日が経ちました

振り返ることが必要と考え電子カルテ上の記載を読み返しました

看護師さんたちの苦闘と努力、ご家族の気持ち、なによりもAさんの感情をあらためて知ることになり、このままカルテに埋もれさせてはもったいないと気づき、ブログというかたちで記録いたしました

 

 

申し訳ないことですがこれから何度も失敗や反省をくりかえしながら、ちょっとは前進できることはないかと探っていきたいと思っています

309-01

 

 

 

 

今までにたくさんの書物から影響を受けてきました

医師になってからも同様です

 

その中で今回お勧めしたい人の本をご紹介します

このブログを見ていただいている方々に

コロナ禍で家にいる長い時間の一部でも活用して

読んでいただくことができればうれしいです

 

作者は夏川草介さん

現役のお医者さんでもあります

2009年に発行された「神様のカルテ」に大きな衝撃を受けました

それからというものこのシリーズが出版されるたびにいち早く手に入れてきました

 

初めて医療の現場に足を踏み入れることになる研修医のみなさんに

プレゼントをしたことがあります

 

また新入職員の歓迎の場で内容を取り上げて

紹介をしました

 

そのときの一部を転載します

 

―――最初にある医師の話をご紹介します

・大学病院に勤めている

・膵癌の若い女性の主治医

・病状は進行し、いずれは最期のときを迎えることになるだろうと思われた

・治療を受けてきたが、自宅で夫や子どもと暮らしたいと退院

・病状が悪化、病院にくるのを拒否

「どうせ助からないのなら、私はずっとここにいます」

・処置をすれば一時的にでも改善の可能性が高い

医師は自宅を訪れ、説得

病院になかば強引に入院

・日に日に悪化

最期は自宅で過ごすことを強く希望

・地域連携担当者や訪問Nsと相談

「このような重い病状の患者さんは、退院のガイドラインからみても私たちは反対です」

ではどうするのか?

「大学病院にこのままいてもらうことはできないので、他の病院に移ってもらいます」

・カンファレンスの場で研修医は激怒、Nsたちに怒鳴り声をあげた

指導医の医師も同じ思い

・思い余って地域の診療所を営む先輩医師に相談

往診も訪問看護も引き受けてもらえた

「困ってる患者がいれば手を貸してやる」のがあたりまえだ

・このかってな行動を上司である准教授から注意される

・そのときの医師の言葉

「ガイドラインは大事です。しかし、最後の時間を家で過ごしたいと願う若い母親に転院をすすめるようなガイドラインなら、そんなものは破って捨てて病室に足を運ぶべきです。じっくり腰を据えて議論をしている時間がない患者がいるんです」

そして

「私は患者の話をしているのです」

 

実はこの話は実際のものではなく、長野県のお医者さんが書かれた「神様のカルテ」という小説の一部分です

みなさんはこれから医療の現場に飛び込まれることになります

そのときにお願いがあります。

私たちは病気のことをしっかりと理解していないといけません、また患者さんの生活環境や社会背景もぜひ知ってほしいと思います

しかし大切なことはそれぞれを個別に知ることではなく、「患者さんの話ができる」医療者になっていただきたいということです―――

 

最近テレビでも放映されていました

 

博識に裏打ちされた丁寧で上品な文章 と

物語の静かな流れのなかにときおり浮かぶ感動

に私は魅了されました

 

また新刊からも抜粋いたします

 

―――科学は、(中略)抗がん剤の量を計算することは得意だが、ヒトの心の哀しみや孤独を数値化することはできない。数値化できないから存在しないと考えるのは、現代の多くの学者が抱えている病弊だ。こういう学者たちは、科学が世界を解釈するための道具に過ぎないことを忘れ、世界の方を科学という狭い領域に閉じ込めようとしてしまう。人間の、哀しみや孤独、祈りや想いといったものを、ホルモンの変動で説明しようと試みることは、科学の挑戦としては興味深いが、ホルモンが変動していないから、その人間が哀しんでいないと考えるのは、道化以外のなにものでもないだろう―――

 

―――現地に足を運んでみなければわからない。それは、民俗もうどんも同じということだ―――

 

ともに主人公が師事するある大学の民俗学の准教授のことばです

308-01

教科書に無理にあてはめようとしていないだろうか?

患者さんのそばにいかず、看護師さんの報告だけで判断していないだろうか?

 

臨床にたずさわる者にとって重いことばと受け止めました

これからも注目していきたい作家(兼医師)のお一人です

☆コロナ禍の中で面会が制限され、在宅療養を選ばれる終末期の方は増えておられるように思います

当院でもできる限りの対応を行います

 

これは最期の時間を患者さんと過ごされることを選択されたご家族の希望に応えて、在宅医療を引き受けていただいたかかりつけ医の先生からのご返事です

 

高齢の男性患者さんでした

私たちの緩和ケア病棟を選んでいただき入院となりました

 

複数の臓器への転移

イレウスを合併

終末期のせん妄の出現

など多くの医療処置とケアが求められる状況でした

 

 

入院前の面談時には15分間だけでしたがご家族との面会が可能でした

しかし入院後には世の中での新型コロナウイルス感染のまん延のため

面会は完全にできない状況になってしまいました

 

ご家族にとっては大切なお父さんです

毎日の変化を確かめ、会話ができることで安心感をもたれていたことでしょう

 

さらにオンライン面会が不可能となり

患者さん、ご家族の悲しみに追い打ちをかけることになってしまいました

 

 

短時間でもいいから会いたい…

毎日のようにスタッフとのやり取りをくりかえされていました

 

看護師さんたちもご家族の気持ちは痛いほど理解できます

でも感染症対策は絶対に必要です

矛盾のなかでお互いに悩んでいました

 

 

患者さんの病状は日に日に悪化していきます

 

なんとか電話での会話ができました

―――お父さん、おうちに帰りたいの?

―――うん との返事

 

そのことでご家族の思いが強くなったのでしょう

もともと自宅で最期を迎えたいとの希望をもたれている方たちでした

しかし痛みをはじめとした苦痛が強くなり

やむを得ず入院となったという経過がありました

 

―――会うことが難しいのなら自宅に連れて帰ってあげたいです

なんとかできないでしょうか?

とご家族

 

このころには医療処置がさらに増えてきています

医師も看護師も在宅での療養は客観的には難しいとの意見です

 

ご家族はそれでもなんとかしたい

この気持ちが日に日に強まってきました

―――本人の意思や私たち家族の意思を尊重してほしい!

 

私たちの考えに対してご家族が感情的な反応をされたのは無理もないことです

これ以上関係の悪化が深刻にならないうちに手を打たなければいけない状況です

 

 

最善の方法を見出すために冷静に話し合える場を設定しました

医師・看護師とご家族たちとで話し合うことができました

 

 

 

※ご家族の思い

・面会がまったくできなくなったことがとても耐えられません

・余命は短いと聞いて、それなら私たちのもとで最期を迎えさせてあげたい

・本人も家で死にたいと言っています

・家に帰ることができず、父のぬくもりを感じずに最期を迎えるようなことがあれば一生後悔が残ります

・家族が交代で付き添い頑張ってみようと思っています

 

※私たちの判断

・医療的な処置がたくさんある

・帰る道中も含めて急変の可能性は高い

・介護される人はひとりでは難しいだろう 複数の関わりが求められる

・それらを含めてご家族の『覚悟』が必要

 

と具体的なやり取りを行い

ご家族の決意はゆるぎないものであることを確認しました

 

 

じつは話し合いの前に在宅医療をお願いすることになる先生と連絡をとりあい

往診は可能です

できる限りのことはさせていただきます

と快諾をいただいていたのです

 

帰ってからの医療や看護面での支援の約束は得ていました

 

 

話し合いからの5日間

退院に向けての様々な準備を行いました

看護師さんたちの努力に感謝です

 

 

退院されて数日後

ご家族の見守りのもと

穏やかに最期を迎えられました

 

そのときの医師の返書に記されていたのが

冒頭の文章です

 

在宅医の先生や訪問看護師さんたちに助けられました

 

 

 

以前のブログでも書いたかもしれませんが

在宅での看取りには4つのことが大事ではないかと考えています

それは

(1)介護をされる方の「覚悟」

ひとりでの介護は大変でありできれば1.5人、疲れたときに休むことができる体制がいるでしょう

当然患者さんご本人の意思確認も重要です

(2)在宅医療/看護/ケアに向けてのしっかりとしたプランニング

ケアマネジャーさんをはじめ集団でのカンファレンス

(3)医療や看護のバックアップ

具体的には24時間対応してくれる訪問診療と訪問看護

(4)さいごに経済的な保障

ふつう考えるよりも多くの出費がかさむことがあります

この点でのMSWなどからの援助が求められます

 

すべてが満たされることはなかなか難しいのですが

意識して持っておくことが大切でしょう

307-01

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もう一人、初老の男性のお話です

 

強い痛みで入院してこられました

 

もし本人が望むなら退院をさせてほしいと

ご家族が話されていました

でもひとり暮らしです

いったん退院が可能となっても悪くなれば再度の入院を望まれています

 

検査結果から思ったよりも病状がよくないことがわかり

急な病状の変化が予測される状態でした

 

血液検査のたびに悪化のサイン

何度かご家族と面談を行いました

 

娘さんから

―――父は帰りたいと言ってました

私もできればそうしてあげたい……

 

悩んだとき、困ったときは

いつもみんなで話し合いです―――大事なことなのです

 

 

じつはある事情から患者さんと娘さんは長く会われていませんでした

―――最期の時くらいはいっしょにいてあげたい

思いが強くなってきました

 

 

最初にご家族の気持ちの確認をさせてもらいました

―――覚悟はできています

と心に決めたつよい表情で臨まれています

 

退院までには何があるかわからない

家につくまでに急変されることもある

帰ったとたんに急変ということがあるかもしれない

 

こちらもたくさんの予防線を張らせていただきました

 

それでも決意は固いようです

ひとり暮らしの生活からご家族のいる場所に帰ることになります

 

翌日が退院と決まり

大急ぎで家族による介護の指導

ここでも看護師さんたちは奮闘しました

患者さんは退院できることがわかりもうろうとしながらも笑顔を見せてくれました

 

介護タクシーの手配

ベッドの準備

多くの医療器具がついている状況での指導

などなど

 

 

看護師さんが付き添うことになりました

無事に到着されたとの報告

 

帰られてすぐに訪問看護師さんの訪問

私も仕事を終えてその日のうちに往診

落ち着いた様子でひと安心

 

 

明日もまた来ますねと

挨拶をして病院にもどりました

 

 

つぎの日

直前まで飲み物を口にされ

そのあと

静かに息を引き取られました

冬にしては比較的おだやかな朝でした

 

一晩中つきそわれた娘さんが涙を流しながら話してくれました

 

家に帰ったとき

「ここは家なのか ありがとう」

と言ってくれたんです

 

家族ってすてきだなあ…

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退院をめぐってはすべてが満足のいくものではありません

 

悔しい思いをすることの方がもっといっぱいあります

 

退院の希望を持ちながらも

様々な理由から叶えられずに

私たちの病棟で最期のときを過ごされる患者さん

 

本来なら

そのような方々に対して

家庭の雰囲気を感じていただくことも

私たちの目的ではあったはずなのですが

 

コロナ禍のために

たくさんの取り組みができず

また

ご家族やご友人との面会がかなわず

過ごされている患者さんがたくさんいます

 

 

できることは何でもしたい

何か私たちにできることはないでしょうか と

みんなが毎日のように努力しています

 

 

きっと、もっと

あるはず……

 

いま、私たちは模索しています

 

307-02

緩和ケア関連の資料を探しているときにみつけました

“シトラスリボンプロジェクト”というそうです

 

愛媛県発祥です

 

ホームページから引用します

https://citrus-ribbon.com/

 

 

――コロナ禍で生まれた差別、偏見を耳にした愛媛の有志がつくったプロジェクトです。 愛媛特産の柑橘にちなみ、シトラス色のリボンや専用ロゴを身につけて、「ただいま」「おかえり」の気持ちを表す活動を広めています。 リボンやロゴで表現する3つの輪は、地域と家庭と職場(もしくは学校)です。 「ただいま」「おかえり」と言いあえるまちなら、安心して検査を受けることができ、ひいては感染拡大を防ぐことにつながります。 また、感染者への差別や偏見が広がることで生まれる弊害も防ぐことができます。感染者が「出た」「出ない」ということ自体よりも、感染が確認された“その後”に的確な対応ができるかどうかで、その地域のイメージが左右されると、考えます。 コロナ禍のなかに居ても居なくても、みんなが心から暮らしやすいまちを今こそ。 コロナ禍の“その後”も見すえ、暮らしやすい社会をめざしませんか?―――

 

306-01

 

感染した人や医療従事者に対する偏見など悲しい話を耳にするにつけ、クラスターを経験した私たちにとって身近なものと感じています

 

そんなときこの運動が長野県や静岡県、千葉県、岩手県などをはじめ全国に広がっていると聞きました

 

冬の風にさらされて冷えきった手に暖かい息を吹きかけてくれるような、ひとのぬくもりを感じる運動です

 

もっともっと広がればいいなあと思います

306-02

緩和ケア担当医が見たCOVID-19

 

2020年12月私たちの病院では新型コロナウイルス感染のクラスターが発生しました

私も緩和ケア病棟を一時期離れ、一般病棟にお手伝いに入りました

 

コロナ対応にかかわったすべての皆さんの苦労と努力に大きな敬意を表します

これまでの並大抵でない取り組み、ほんとうにお疲れさまでした

 

お亡くなりになった患者さんのご冥福をお祈りするとともに、現在も感染症と闘っておられる患者さんが一刻も早く回復されることを望んでいます

 

また自らも感染したスタッフ、感染のリスクを抱えながら病棟の真ん中で踏ん張っているスタッフ、応援に入った職員、玄関での対応や必要資材の管理など現場を支えた職員、すべての人に感謝いたします

 

緩和ケア担当医の立場で私がこの間見て感じたことをブログに記録しておこうと思います

まだ完全には収束していない中での記載ですので、不十分さや私の思い込みも少なからずあるかもしれませんが、記憶が薄れないうちに残しておきたいと考えました

 

 

 

(1)クラスター発生前

 

新型コロナウイルスが全世界を席捲し、私たちも患者さん・ご家族も大きな戸惑いの渦に巻き込まれました

当初は甘く見ることもありました

しかし緊急事態宣言の発出や感染の波が大きくなるにつれ、緊張が漂ってきて、当院でも入院患者さんの面会制限など今までにない事態へと変化してきます

緩和ケア病棟を担当する者として特にこの「面会制限から完全な面会禁止」に至る出来事について感じてきたことを述べます

 

入院患者さんにとってのご家族や知人との面会は大きな意味を持っています

・非日常に直面した患者さんにとっての安心感の保証

・慣れた人との会話を通じて日常を取り戻す役割

・人とのつながりから社会的役割を改めて確認するということ

など、大切なイベントです

誕生日をご家族とともに祝ったり、遠くに暮している親族や友人と久々に会ったり、時にはご家族とともに夜をすごされたり…

とくに緩和ケア病棟では開設の時より面会や付き添いの制限をできる限り取り除くことを目指してきました

季節を感じる催しや家族会、ドッグセラピーなどもすべて中止となったことは言うまでもありません

 

この状況で生まれた変化があります

・直接の面会がだめになり、その代わりにオンライン面会という方法が生まれました

全国の病院でも実施されています

・「会えないのなら退院を望みます」「面会ができないのなら入院せずに自宅で最後の時を迎えます」と言われることが多くなりました

このことについては次項で詳細を述べたいと思います

 

すべてがうまくいったわけではありません

スタッフと患者さん・ご家族との間に溝が生まれ、双方ともに悲しい思いをしたこともあります

「このような時にはしょうがない」という言葉を飲み込んで対応してくれたスタッフはたくさんいたのではないでしょうか

 

 

(2)クラスター発生と私たちの変化

 

11月末から始まり、多くの患者さん、職員に感染が広がりました

クラスターの発生です

保健所と相談をしながら、院長をはじめ管理者が先頭に立って対応してきました

私も微力ながら感染者の多い病棟のお手伝いをさせていただくことになりました

その時に感じたことを順不同で述べます

 

(1)市中感染でなく、そもそもの病気で入院されている患者さんへの院内感染であることです

そのため病状は基礎疾患にも影響を受け軽症から中等症・重症まで様々でした

多くの患者さんは自然経過とともに改善しましたが、中には酸素飽和度(SPO2)が低いまま悪化された方もいます

治療法が確立されていない疾患であるため、みんな手探りでの医療/看護でした

(2)中等症以上の患者さんの専門病床への受け入れが困難でありました

保健所を通じて連絡をしても「そちらで診てください」と言われます

12/31付けの地元の神戸新聞1面でもこのことが取り上げられていました

県知事は「無症状や軽症の場合はコロナの治療と併せ、既存の疾患の治療を続ける入院患者はあえて転院していない」と言っています

それほどコロナ対応の病院医療がひっ迫しているということで、転院できずにお亡くなりになる患者さんがいます

「医療崩壊」前夜と考えられる状態でした

(3)新型コロナウイルスは人と人とのつながりを分断します

面会が完全にできなくなり、オンライン面会もコロナ陽性の患者さんには難しくなりました

医師や看護師は毎日のように患者さんのご家族に電話連絡を行い、その日の病状をお伝えする姿を頻繁に見かけるようになりました

少しでも改善の兆しがあれば喜ばれ、悪いサインがあれば話すことがつらくなります

時にはご家族から「なぜ感染したのか」などお叱りの言葉をぶつけられることがあり、軋轢を生んでしまうこともあります

そのときスタッフは丁寧に説明をさせていただき、現状へのご理解をお願いするのです

――私の経験です

感染がわかりご家族に電話で連絡をしました

「できることはすべて行ってください」「専門の病院には移れないのですか」などと話され、一つひとつ説明をさせていただきました

毎日報告をしますと告げたあと、「皆さん方も大変でしょう、頑張ってください」と励まされたとき涙がでそうになりました

(4)治療が十分でないまま退院を望まれる患者さん、ご家族

――緩和ケア病棟に入院されていた患者さんの話です

現疾患の進行で日に日に悪化してまいりました

ご家族は毎日のように患者さんとオンラインで、またスマホで話をされていました

患者さんから「家に帰りたい」とそのたびに訴えられ、ご家族も会えないまま最期を病院で迎えることに耐えられないと言われます

医療処置や使用薬剤が多く、自宅への退院はご家族の介護力を考えても難しいと判断していました

「このまま病院で最期を迎えさせることになると一生後悔します」「余命が短いことはわかっています」「家族みんなで頑張ってみようと思っています」といくぶん感情的になりながらも繰り返し訴えられました

帰るまでの道中に不安があること、急変のリスクが大きいことを説明しながらも、最終的にはご家族と患者さんの望みを尊重することになり、急いで在宅医療をお願いできる医師と訪問看護ステーションに連絡をとり、快く引き受けていただけることになりました

地域での連携の大切さを心から感じる機会でした

(5)アドバンス・ケア・プランニング(ACP)を考えなおすこと

上記のように「最期は病院で」と入院された患者さんが「自宅で過ごしたい」と気持ちが変化することは今までにもありましたが、コロナ禍のもとでの思いはまた違ったものがあります

・・・やむを得ずということです

医療者も患者さん・ご家族も決して満足のいくものではなかったと思いますが、今考えられる「最善の」選択をせざるをえません

一方では入院中の急変時には人工呼吸までは行わないなどDNARということを確認していたとしても、「コロナで悪くなることは耐えられない」と必要となれば人工呼吸器管理を望まれることもありました

ACPにおいて、最初の確認は決して絶対的なものではありませんが、COVID-19という事態に直面した時、何度も話し合うことが必要な場面に遭遇します

(6)平常時に取り組んでいたことができなくなります

高齢者の健康維持にとっての運動や社会参加の意義は多くの人から指摘されています

コロナ禍のもとでは、外出やみんなで集まることができず、健康づくりにとってマイナスなことが重なり、閉じこもりや認知症の悪化を生み出す恐れが強調されています

さらには感染して安静を余儀なくされた患者さんにとって廃用の進行という不利な状況が生まれています

それまで行っていたリハビリテーションが中止となり、ストレスいっぱいの環境での療養を強いられました

感染から脱却したあとの回復を目指す医療、リハビリの取り組みが新たに必要となってきます

(7)職員は……

3蜜回避、手洗い、マスク、換気に努めながらもクラスター発生となりました

詳細な検証はこれからですが、短時間であっても食事中の会話や電子カルテのキーボード操作を通しての感染は他の医療機関でも疑われており、思ったよりも感染力が強い印象を受けています

標準予防策の徹底や個人防護具(PPE)の使用法などを多くの部門で学び共有したことで、病院全体として感染対策の力をつけてきたのではと考えています

しかしそこに至る職員の負担や努力は相当なものでした

医局での協力体制がつくられ、体制が厳しくなった病棟へ外来など他部署からの看護支援が行われ、事務系・技術系の職員がそれぞれ固有の役割を超えて寒い中玄関での患者さん・ご家族への対応など協力しあう姿は心温まるものでした

とくにコロナ抗原検査に携わる検査スタッフはとんでもなく多数の検体の処理で疲労困憊でした

本部の皆さんには地域への正確な情報発信をしてもらいました

私たちはこの力に依拠し、今困難を乗り越えいつもの神戸協同病院を取り戻そうとしています

 

おそらくまだたくさんの物語があるのではと思いますが、私が感じたことを述べてみました

 

この項のさいごになりますが、病棟のど真ん中で働いている看護師さんからのメールです

『コロナの患者さんにとって…尊厳はあったものではなく…』

――悲しい話です

 

感染を広げないため医師の診察は最小限に…

患者さんとの会話はできるだけ減らして…

聴診器は使わないように…

 

緩和ケア病棟で努力してきたことがことごとく不可能になった気分でした

患者さんやご家族との時間をかけた面談ができません

ゆっくりと思いをお聴きすることが叶わなくなりました

 

最期のとき

ご家族には感染対策をしっかりと行って会っていただくことがやっとです

大切なときをいっしょにすごすことが無理……

 

しかしできないことばかりを並べてもいけないと思っています

緩和ケアの精神――「何かできることはあるはず」の心で

これからも可能なことを見つけていきたいです

先の看護師さんも

『なんとか修正したいです』

と語ってくれました

 

 

(3)支援への感謝と職員のメンタルヘルス

 

地域の組合員さんたちや全国から多くの支援がありました

激励のメッセージは数え切れません

マスクやガウンなどの支援物資は大助かりでした

寒い時期のカイロはとてもありがたかったです

地域の特産品なども送っていただきました

人の心の温かさを阪神淡路震災のときとおなじようにつくづく感じたできごとです

 

一方では風評被害も少なからずあります

「病院には近づくな」

「面会を完全に禁止していなかったことがよくないのではないか」

などなど

中には善意からのものもあるのですが、悲しくなるような話が伝わってくることもありました

 

看護師さんたちをはじめとする職員はみんな踏ん張りました

・イライラなど精神的な不安定

・過剰な反応

・子供を持つ親の苦労

・夫婦間の緊張

など伺っています

法人としては職員のメンタル面でのフォローにも努めていますが、本当に面談が必要な人は誰かが背中を押してあげないと自ら相談には行けないということも指摘されており、今後も丁寧な対応が求められています

 

参考に「COVID-19に対応する医療従事者のセルフケア」を載せます

出典は「総合診療」2021V0l.31 No.1からです

  1. COVID-19感染対応はマラソンで、短距離走ではありません
  2. 休憩をとり仕事を忘れ、自分をリセットする時間をとりましょう
  3. 食事・睡眠・飲水・運動を十分とりましょう
  4. 感染対策を定式化して、自分や家族が安心できるようにしましょう
  5. 家族や仲間と連絡をとり、自分の経験を共有しましょう
  6. つらくなったらどこに助けを求めるか、知っておきましょう
  7. 自分が人を助け、社会に重要な役割をもつことを誇ってください

 

私事ですが、学生時代からお付き合いのある先輩から電話をもらいました

しばらく会う機会がなく話ができていませんでしたが、心配になってと連絡がありました

その先輩も地域で頑張っており励まされました

さいごに「基本に立ち返って、患者さんの話をよく聴き、丁寧な医療に心がけましょう」という思いを共有できたことはとてもありがたいことでした

 

また緩和ケアの研修でお世話になった先生からもメールがとどきました

一部引用します

無症状でも感染があり、密集状態では空気感染も起こし、潜伏期間が長い場合には14日間にもなるというこの病気は本当にやっかいです。

院内で感染対策を担当する者として、今年2月からずっと「この病気は必ず誰もがどこかで感染する可能性がある病気である」「院内感染は避けがたいがなんとかそれを小さなもので収めるようにしたい」ということを院内研修会で訴え続けてきました。

しかし今の病院での4人病室や看護師の労働環境を改善しない限り、院内集団感染を予防することは不可能に近いです。

急性期病院であっても療養型病院であってもそうした環境は変わりがなく、そのために地域での感染が広がればどのような病院でも集団感染が起こってしまう、そんな病気だと思います。

感染対策はいつもお金との兼ね合いです。

病院や県や国を潰すほどのお金を使って感染対策を行うことはできません。

そもそも、私達はいつも多くのリスクを背負いながらこの仕事をしています。

そして、もしアクシデントが起こったとしても、貴院のように職員みんなが力を合わせて乗り越えていける。

また、医療のそうしたリスクを国や自治体や地域の人々が理解し援助してくれる。

そんな医療チームや社会をつくることが求められているのだと思います。

勇気をいただきました

 

 

(4)これからのこと

 

多くの有識者が強調していることがあります

そのことをもとに私が新年のあいさつで書かせていただいた文章を転載します

 

ある本に以下のような記述を見つけました。『地球上にはきわめて多様なウイルスがある。そのうちのほとんどは害を与えないもので人間の役に立っているウイルスも少なくない。数十億年の歴史をへてヒトともバランスのなかで共生の関係をつくってきた。ところが資本主義のもとでの利潤第一主義は、この安定した生態系を壊し新しい感染症を次々に出現させるにいたっている』というものです。この間続けられてきた社会保障費削減政策は保健所の統廃合や医療現場での苦難などコロナ対策の上で弱点となった状況を生み出しています。そしてその背景には新自由主義的な改革がありました。私たちの生活や医療・介護が政治と深くつながっていることが一層明確になっています

 

医療現場における困難の一つの、それも大きな一つの要因となっているのではないでしょうか

 

 

まだまだこの闘いは続きます

しかし安全で効果的なワクチンの開発で集団免疫が可能となれば、また有効な治療法が開発されれば、コロナウイルスと共存できる世の中が実現することでしょう

 

 

しかし今までと同じというわけにはいきません

新しい生活様式が強調されていますが、同様に新しい医療、ケアの在り方も模索していきたいと思います

 

 

2021年1月4日                        神戸協同病院緩和ケア病棟

道上哲也(文責)