先日ある人から聞かれました

「緩和ケア病棟の患者さんは、みなさん覚悟をもって入院されているのですか?」

その時に私は「多くの患者さんは『そのときを迎える覚悟』をもっていらっしゃると思います。でも人によってその覚悟の深さは様々だし、『自分は最後まで頑張りたい』とはっきりと話される方もいます」と返事をしました

 

すぐに顔が浮かんだ患者さんやご家族が何人かいました

 

80歳代の男性でした

癌が進行するとともに、脳梗塞を併発されました(いわゆるトルソー症候群)

意識はほとんどありません

時々声を出される程度でした

当然口から食事をすることもできなくなっています

ご家族からは「なんとか目を覚ましてほしい。少しでもいいので食事がとれるようにならないでしょうか」と毎日のように懇願されました

少しの水分でも口にいれるとやはりむせます

病状の説明をするたびに「やっぱり無理ですか」と言われるのですが、翌日にはふたたび同じような期待を持たれることの繰り返しでした

「せめて点滴だけでもしてあげてください。そのことが生きている証しだと思います」

末梢からの輸液は血管の確保ができず、相談のうえ頸静脈からの中心静脈栄養となりました

ご家族はわずかでも反応があれば喜ばれます

その都度一喜一憂です

しかししだいに体力の限界がきました

ご家族はさいごまで望みをつないで患者さんのお世話をされました

 

しばらくしてご自宅を訪問しました

ご家族は自分たちの選択がはたしてよかったのか悩んでいるんですと話されたので、私は「そのときの選択が間違っているということはありません。意識がなくてもきっとご本人ならこのようなことを望まれているのではとご家族が考えられたこと、そしてそのときのご家族のお気持ちできめられたことが最善の選択なのだと思っています」とお返事をさせていただきました

 

 

また70歳前半の女性のことです

1年前に癌がみつかり根治的な治療は不可能な状態でした

患者さんは「病気が見つかったときに私はもうあきらめていました。でも治療(対症療法)を受けて食欲がでてきたのでまだまだ頑張ります」と話され、活動的な生活を送っていました

しかし腹水が増えてくるにつれ自宅での療養が困難となり入院してもらいました

「もういちどおなか一杯ご飯が食べたい。先生、おなかのふくらみをなんとかしてください」と涙を流されます

考えられる治療をしながらも残念ながら徐々に病気が進んできます

でも患者さんはあきらめません

「わたしは頑張ります」

「できるだけのことをしたいんです」

とつよく手を握られました

意識がもうろうとしながらも「頑張るから」と

 

ご家族とも話し合いました

…できるだけご本人の思いに沿っていきましょう

…否定的な言葉は使わないようにしましょう

 

さいごまで病気と闘う姿勢を貫かれたと思います

 

 

少し前に出版された書籍ですがご紹介します

(「緩和医療と心の治癒力」黒丸尊冶著)

そこで以下のような文章に出会いました

 

若干古いデータなのですが、「日本人にとっての望ましい死」についてのアンケートの紹介です

終末期の癌患者さん、家族、医師、看護師へのインタビュー調査の結果でした

――癌患者さんの92パーセントが「やるだけの治療をしたと思えること」、81パーセントが「最後まで病気と闘うこと」が望ましい死を迎えるために重要だと答えています

前者については医師は51パーセント、看護師は57パーセント、後者は医師19パーセント、看護師30パーセントという結果だとのことです――

患者さんと医療者の意識の差がこんなにも大きいことにおどろくと同時に納得もしました

 

私たちは入院の面談にあたって「積極的治療をしない、あるいはできない」ことをお話させていただき、その際には患者さん、ご家族さんともに「わかりました」とお答えになるのですが、実態はそうでないことを臨床の場ではよく経験します

上記のデータでも「やっぱりそうなのか」と思いました

 

実態がそうであるならば、これからも一層患者さん目線でケアにあたること、患者さんやご家族に寄りそうってどういうことなんだろうと毎日を振り返りながら緩和ケア病棟に足を運ぶことが大切なのでしょうね

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緩和ケア病棟に入院されている患者さんでごくまれなことだと思うのですが、「癌が自然とよくなったのでは?」と思われる方に出会うことがあります

当院の緩和ケア病棟では手術や化学療法、放射線療法などのいわゆる「積極的治療」などこれ以上の治療を行わない、または望まれない状況で入院してこられます

徐々にあるいは急激に病状が悪化される方がほとんどなのですが、ときには病状が安定し、また腫瘍が縮小する患者さんがいらっしゃいます

 

文献を探しました

http://ir.library.osaka-u.ac.jp/dspace/bitstream/11094/24902/1/ocrf_40_21.pdf(岩永剛医師)

 

いくつか抜粋します

 

「がんが自然退縮する頻度は、6万人~10万人に1人くらいの頻度でみられると言われていますが、その正確な率は不明と言わざるを得ません」

「(自然退縮した)741例の60%が1年以上生存し、25%の症例が5年後もなお生存していたと記されています」

「がんが自然退縮を起こす不思議な現象の原因・理由については、多くの研究者が検討してきましたが、確固たるものはないようです」

 

さらに以下のような原因・理由が述べられています

  1. ホルモンの影響
  2. 感染症
  3. アレルギー、または 免疫反応
  4. 腫瘍病巣への血行障害
  5. 酸素と栄養の不足
  6. 急速な腫瘍増殖
  7. 発がん物質・腫瘍増殖因子の排除
  8. アルコール摂取の中止、禁煙
  9. 通常は無効な治療法に対して感受性の増強
  10. ハーブ、BRM(生物学的応答修飾物質)
  11. 発熱、温熱
  12. 腫瘍の生検・外科的侵襲
  13. 大量出血、低血圧
  14. 腫瘍以外の部位への放射線照射
  15. 表層より隆起した腫瘍の自然脱落
  16. 遺伝的要因、家族性発生
  17. 精神状態、心構え、精神療法
  18. 補完的代替医療

などたくさん記載があります

 

 

80歳代後半の患者さんでした

皮下の数か所に転移があり、そこからの生検で癌の転移と診断されました

入院当初は時々つよい痛みが襲い、言葉も出せないくらいでした

医療用麻薬を増やしなんとかコントロールがはかれていました

皮膚の腫瘍は徐々に大きくなり、いずれば出血するだろうと予測していましたが、少しずつ浸出液が見られ、ゆっくりと縮小に向かったのです!

 

とうとう体の表面にあった腫瘍は完全に消えました

同時に原病巣も大きさには変化がなく痛みもまったくみられなくなりました

患者さんは食欲をとりもどし、退院が可能な状態まで回復されたのです

 

おそらくは上記の「15」に当てはまるのではと思っています

 

その他にも自然治癒あるいは退縮とまではいかないまでも、癌の発育が止まったと考えられ合併症も改善に向かった例も経験しています

 

人間の体はほんとうに不思議なものだとつくづく思いました

「癌はほっておいても自然によくなるものだ」との考えに同調することは決してありませんが、患者さんやご家族にとってみればこのような出来事は喜ばしいことであり、私たちもいっしょに祝福したいと思います

 

大学6年生になる医学生が2週間実習にきてくれました

内科病棟では3人の患者さんの担当になり、指導医とともに勉強しました

訪問診療に同行してもらったり、院内の褥瘡やNSTの回診に参加してもらったりと忙しい毎日でした

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なかでも緩和ケア病棟としては初めての医学生実習の受け入れであり、面談に参加したり、いっしょに回診したりと、色々と話ができました

さいごのご苦労さん会では、いずれは緩和ケアにもかかわってほしいなとエールを送りました

その彼から感想文をいただきましたのでここに掲載します

 

『緩和ケア病棟でとくに印象に残った点として、急性期の病棟以上に患者さんの容態の変化に敏感でなくてはならず、患者さんの時期の見極めが非常に重要であるといったことがあります。緩和という言葉は簡単ですが、中身はとても簡単とはいえないと感じました』

 

ほんとにその通りですね

しっかりと受け止めていただき有難うございました

これから1年間、素敵なお医者さんになるために頑張ってください!

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病棟で患者さんやご家族と接していると、ときにほほえましい場面に出会うことがあります

 

――その1

 

食事ができなくなり病状が悪化した患者さん

ご自分の病気を真正面から受け止めることが怖くて、不都合なことは無意識に頭から追い出していました

 

ところがある日のこと

看護師さんに「もうゴールだと思う 家族に会いたい」と一言

それを聞いて奥様をはじめご家族に連絡しました

 

少し前のお花見のときには奥様ととってもいい笑顔を見せてくださっていたのに、病状が急に進行したようです

 

倦怠感がつよくなりました

でもご家族がそばにいることで安心されるのか笑顔も見せてくれます

 

昼下がり、奥様と二人だけの時間がありました

そばで世話をしていた看護師さんの話です

「奥様はベッドの横の椅子に腰かけてご主人と手を握り合っていました。そして二人長く見つめ合っていたんです。患者さんは奥様の顔を見てニッコリとされていました。私はそっとその場を離れました。きっと1時間もそんな状態だったと思います」

 

とてもいい場面です

私もそこに居合わせたかったです

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――その2

 

腹水がたまってベッドから起き上がることもむずかしくなった患者さん

「なんとかよくなる方法はないものか」といつもあきらめずに頑張っておられました

 

しかし病気はだんだんと進み、時々意識も朦朧となってきます

ご家族は交代で付き添っていました

回診にうかがうといつも奥様がご主人の腫れた足をマッサージされている姿をみかけます

患者さんは気持ちよさそうに目を閉じられています

 

奥様と話す時間をとっていただきました

今の病状、今後起こりそうなこと、ケアの方針などについて話し合いました

そのときに奥様が話されたことがいつまでも心に残っています

 

私たちで何かできることはないでしょうかという話のときです

「1週間前くらいの時、お前がそばにいて、話をしているのが一番だって言ってくれました」と涙を流しながら話されるのです

できればベッドで一緒に寝てあげたいという希望もお持ちでしたが、それはなかなか難しく、病室のレイアウトを変えてベッドのすぐ横にソファーベッドを置くことで、絶えず奥様の顔が見れるようにしました

手の届く範囲でしたのでいつも仲良く手を握られていました

ベッドにかぶさるように患者さんを抱擁する奥様の姿もありました

 

この日一日は心があったかくなりました

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雨上がりのよく晴れたある日の午後

外泊中の患者さんのお宅を受け持ちの看護師さんとともに訪問しました

 

入院時の痛みやその他の困ったことも落ち着き、一度家に帰ってみることもいいのでは、と外泊をされました

いずれは往診をさせていただく可能性もあり、どのような生活をされているのかうかがわせていただきました

もう一つの目標はかわいがっておられるハムスターに会いにいくことです

 

病院から車で約20分

途中桜が満開でいい気分でした

 

道に迷いながらもなんとか探り当てたマンション

驚かされることがたくさんありました

プライバシーに関ることもあるので多くは書けませんが、ひとつだけ

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ここはお部屋の入口です

奥様「靴箱が玄関を占拠して車いすが通れなかったので、私が材料を買ってきてこのように組み立てて上に取り付けました」

おかげで車いすは楽に通れます

お部屋のあちこちに患者さんご夫婦の手作りのものがいっぱい

小さなものから大きなものまで作られていました

奥様の話を聞いている間、患者さんはニコニコ(^_^)v

そういえば患者さんの病室にも……(?)

 

さて、

肝心のハムスター

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このように可愛い子が6匹いました

手に載せようとすると怖がります(残念!)

 

患者さんは思っていた以上にお元気でした

 

患者さんやご家族のお話だけで生活を想像するよりも、ひと目見ることでたくさんのことがわかるものです

ずっと以前に研修医の先生に往診の同行をしてもらったとき彼はこんな感想を述べていました

「おうちに行ってみると何倍もの情報量があるものですね」

我が意を得たり! です