以下の文章はスタッフのI看護師さんにいつものように「記憶に残った患者さんのことを描いていただけませんか」とお願いをして、忙しい中仕上げてもらったものです

 

看護師さんと患者さんとのコミュニケーションというテーマで述べられています

努力のあとが偲ばれる内容となっています

 

ほぼ原文のままですが、ごく一部だけ手を加えさせてもらいました

 


 

先生からこれまで出会った患者様の中で心に残った方を書いて下さいと依頼がありました。

どの患者様も様々な思い出があり、迷いましたが、3年前に入院されたT様との関わりの場面を書かせていただきたいと思いました。

テーマは「スピリチュアルペイン」です。

スピリチャルペインとは

‘自分自身の存在や生きる拠り所が失われたり揺らいだりした時に生まれる苦悩‘

‘自分自身というものを失う苦しみ‘

‘その状況における自己のあり様が肯定出来ない状況から生じる苦痛‘

 

その苦しみを表出された際

1.苦しい思いを語りつくす事

2.その語りつくす過程で、自己の思いが明確になり

3.苦しい事柄の意味の変更が始まり

4.新しい意味に出会う

 

自分自身の存在と生きる意味を失った状態、穏やかな気持ちで居られない状態そのものを受け止め支えていく姿勢が大切、とあります。

 

◆T様 50歳代の男性

痛みと食事がとれなくなったとのことで入院してこられました。

 

T様は美術教師の資格があるとの事でしたが、T様とお話ししているととても感受性の高い繊細さを感じました。

当時、緩和ケア病棟の病室の窓は換気が出来る程度にしか開ける事が出来ませんでした。窓はスリガラスなので外の景色は開いた窓の隙間からしか見る事が出来ませんでした。

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T様は「その窓はずっと開けっ放しにしておいて下さい。(隙間程度に開いた窓を指して)窓を開けていると気持ち良い風が入って来るので」と希望されました。

「この窓からアンテナが1本見えるんです」とT様。

私:えっそうなんですね。アンテナが1本?

「と、細い空。」

ちょっとおどけたような、それでいて優しい笑顔を見せるT様。

 

T様はお話しをしながら時々涙を拭っていらっしゃる事がありました。

「リハビリをして少しでも歩けるようになって・・」といつも前向きに頑張ろうという言葉が聴かれても、やはりご自身のお身体の様子とこれからの事に対して何か感じるものがあるのだろうと思われました。

T様とお話しの中で、私はよく反復法というコミュニケーション方法を用いました。会話の中でT様の思いに触れていると思われる言葉をキーワードとしてそれを反復する事で‘確認‘していく方法です。

そうする事で心の中にある深い悲しみ、苦しみを少しずつ、語る事が出来、聴き手は自分の意見やアドバイスなしにひたすらその語りを聴く事に徹します。

私の手法では決して十分に傾聴出来たと言えない・・カルテを読み返すと反省する点が多いのですが、T様が語られる様々な、今、感じている事や心の中の辛い思いを聴かせていただきました。

 

 

(遠方からご家族が来られた後で)

 

T様「今日はありがとうございました。おかげでみんなに会えました」

私:とても仲良しのご家族ですね。

T様「そうです。みんなすごく仲がいいんです。父は身体が不自由ですが息子(孫)が卒業するまで頑張ると言ってくれています。母もうつ病で入院して、ようやく退院しました」

私:お母様はうつ病で入院されていたのですね。ようやく退院されたのですね。

T様「ええ、僕も病気になりこんな状態なので母は気持ちも辛かったようです。僕が病気になったから。父母は2人暮らし。近くに住む妹がよく見に行ってくれています。僕は神戸で遠いしあまり行けないので。妹に負担をかけていると思って・・」

私:T様がご病気でお母様もお気持ちが辛かっただろうと思うんですね。妹様がよく見に行って下さるんですね。T様は妹様に負担をかけているという思いがあるのですね。

 

――沈黙

 

私:お兄様の妹様への優しい思いが伝わるので妹様も頑張れるのだと思います。

 

T様(涙を拭って居られる)

 

この場面ではT様が、ご家族の事を何よりも大切に思われている事が伺えました。そのご家族に自身が癌を患った事で苦しみや負担をかけているという自責の念が言葉に表れていると思いました。

沈黙の後、私はついT様に言葉をかけてしまいましたが、沈黙はT様の心の中が揺れ動き、更なる思いを言葉にするチャンスでもあります。沈黙とは苦しむ人が重い自分自身の心の扉を開ける大切な時間です。長い沈黙の後の、その言葉に傾聴する事で、T様の心の奥にある思いをご自身で確かめる事が出来、それはT様自身で心の回復につなげる事にもなります。沈黙の後の言葉を静かに待つ事が必要だったと反省しています。

 

 

(別の日。トイレ後、廊下の北側の大きな窓辺に車椅子を設置し窓を全開にしてしばらく過されている)

 

T様「もう6月になった。今年も夏は暑いかな?・・部屋の細い窓を開けていると外の音が聴こえる。鳥の鳴く声や車の音、時々高速道路の音も。救急車の音も。」

私:部屋の窓を開けていると外の音が聴こえるんですね。鳥の鳴き声、車の音、高速道路の音、救急車のサイレンも・・。

T様「そう、それらの音を聴いているとなぜか安心するんです。人が生活している気配、小さい鳥とか動物とかがが生きてる感じがして」

私:人が生活している音とか、鳥や小さい生き物が生きてるのを感じる。安心するんですね。

T様(窓の外を見ながら頷きつつ涙を拭っている)

私:(そっと背中を擦る)

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私は人の生活音や普段うるさい高速道路や救急車のサイレンなどの騒音がT様にとって命の息遣いのように聴こえるんだな、それでほっとするんだな・・と感じながらT様の言葉を聴いていました。同時に気持ちの温かさや自然、小さい生き物の命を愛おしむT様の感性に触れさせていただきました。私はT様が涙される横顔を見て自然や人々、この世界の全てとの別れを予感し惜しまれているのでは?と感じました。T様の悲しみに対し何も出来ない自分を思いました。

NOT DOING BUT BEINGという言葉があります。

私は苦しむT様に対して何も出来ない、傍に居る事以外・・。

 

 

(翌日)

 

T様「下肢静脈エコー再検査で血栓が消えていたらいいですね。リハビリが出来れば・・下肢筋力が衰え、脚がとても細くなった。歩行器歩行くらい出来れば・・」

私:再検査で血栓が消えてリハビリが出来るようになりたいと思うのですね。私もそう願っています。

 

T様は歩行器で歩けるようになりたい、という希望と今は歩く事も出来ない、という現実があります。

 

~苦しみとは希望と現実の開きである~

表情は穏やかですが、T様の言葉は苦しみの表出だったと思われます。また、血栓が残存しリハビリが出来なかったらどうしよう、という不安もあったと思われます。反復法を用いた傾聴をする事でT様の不安や気持ちの辛さに傾聴しつつ、リハビリが出来なかった際、どのようにこれからの時間を過ごそうと思われるか、などを共に考える機会となり得れば、T様の不安(苦しみ)を希望に転換出来たかもしれない、と思います。T様の希望を失わないように、という思いが強く、‘私もそう願っています‘と、つい自分の意見を言ってしまいましたが、意見を言わずにただ傾聴する姿勢を保っていれば良かったと反省しています。

 

 

このように反省する事ばかりの傾聴となりました。傾聴する時‘患者様が自分の語りを大切に聴いてもらえたと実感出来る事が大切‘(広瀬寛子「心理的アプローチとグリーフケアのポイント」より)とあります。泣く事を支える、語る事を支える、怒る事を支える事が大切であると。

 

傾聴に関してまだまだ未熟な私ですが、T様との関わりをずっと胸に、患者様の語りに十分に傾聴する事が出来、受け止め、支えていく事が出来るようこれからも努めたいと思います。

 


 

 患者さんの言葉をじょうずに受け止めてくれています

私も見習わなければと…

I看護師さんが記録したカルテを毎日読みながら感銘を受けていました

 

その背景には上に述べられている努力があったのでしょうね

 

業務で忙しい中、ありがとうございました

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