高齢の男性患者さん

体のあちこちに転移があり、とくにお腹の痛みが強くなって入院してこられました

短い間にいくつかの痛みの訴えと付き合うことになりました

 

 

―――医療用麻薬の使用で入院当初の疼痛は改善してきました

 

 

―――しかし

ある日、日が暮れ始めたころから明け方にかけて

疼痛の悪化を繰り返し

そのつどレスキューにて対応されていました

 

翌日になり

やっと痛みは落ち着いてきました

 

その次の日も同じです

日中はほとんどレスキューのお世話になることはないのですが

夜になると何度も痛みを訴えられます

 

患者さんと話しました

「私はもとから痛みに弱く、心配で眠れません」

不安が疼痛の閾値を下げているのではと考え

抗不安薬を処方し

夜間は眠剤でしっかりと眠っていただこうということになりました

 

成功しました

 

 

―――また別の日、回診をしていたときのことです

看護師さんから

「先生、患者さんが痛みで七転八倒されています!」との報告

 

病室にうかがいました

 

医療用麻薬の増量でも効果はみられません

 

基本に立ち返り、全身の診察を行ったところ

最初に症状の見られた疼痛の部位(外から腫瘍を触れることができます)とはどうも痛い場所が違うようです

 

よく見ると

皮膚の一部が盛り上がっており

そこを触るとすごく痛がります

 

口からの薬の内服が不十分なため点滴を行っていました

血管の確保が難しく「皮下からの点滴」をしていました

そこが腫れています

 

すぐに点滴を抜去

すると短時間で痛みは消え去りました

 

皮下からの輸液は手技的には簡単なのですが

欠点の一つに皮膚障害が指摘されています

以降は看護師さんの努力でなんとか血管確保がされました

 

 

―――さらに別の日のことです

 

ふたたび

「先生、患者さんがお腹が痛いといっています。レスキューも効果ありません」

との報告

 

もう一度全身の診察です

やはり腫瘍の部分の疼痛はまったく訴えられていません

皮膚の変化もありません

帯状疱疹を思わせる皮疹もないようです

 

「痛い場所はどこですか?」と質問

すると患者さんの手がいつもとは異なるところに伸びていきます

そこをおさえると痛みが強くなります

 

そこを中心に少し張っているようです

聴診器をあてるとグルグルをにぎやかな音が聴こえます

 

これは…?

さっそくブスコパンの注射をしました

数十分後にはきれいに治まりました

 

原因は「便秘」だったようです

浣腸をしてたくさんの大便が出てすっきりとしたようです

 

 

 

短い期間のうちに

様々な腹痛を経験しました

 

振り返ると

検査だけにたよらず、患者さんの話を聴き、身体診察で

原因がわかったということ

 

今回の出来事を通じて思い出しました

「癌の患者さんの痛み」は必ずしも「癌性疼痛」ばかりではないことを

 

 

 

私がお世話になっている緩和ケアの先輩医師が書かれた文章があります

一部引用させていただきます

 

「患者の体にしっかり触れ、体に起きている変化を身を持って把握し、そのことを患者・家族と共有…」

「身体診察を行わずに検査結果のみで立てた治療計画は、しばしば的外れとなり症状や不安を悪化させる」

 

身に染みて感じています