私たちの病棟には「痛み」で悩まれている患者さんがたくさんいます
そして緩和ケア≒医療用麻薬と思われている人は医療従事者の中にも多数います
私たちにとっても、ともすれば医療用麻薬を当たり前のように使ってしまうという落とし穴に陥りがちです
このたび3人の患者さんに出会いあらためて痛みのコントロールについて考えてみました
患者さんについては年齢と性別は関係のないプロフィールですので省略しました
<Sさん>
過去に肺癌の手術を受けられています
左の側胸部から背部にかけての痛みが毎日のようにありました
NSAIDsである程度の効果が見られましたがしばらくするとさらに痛みが強くなってきます
CTなどの検査では病変がはっきりせず癌との関連はあいまいなままでした
ある日オキノームを試してもらったところしばらくして効いてきたということで、オキシコンチンの定期内服を始めました
数週間は良好な状態が続きましたが、ふたたび痛みが襲ってきました
夜も眠れない状態になり、レスキューの回数がふえてきたため入院となりました
忙しい(言い訳になりますが)外来診療と異なり、入院という環境でもういちどしっかりと痛みについてお話をうかがいました
・痛みはいつも同じ場所―左胸から背中にかけてーで起こります
・持続痛ということなのですが、仕事中は忘れることがあります
・動作や深呼吸での増強はみられないと言われました
・痛みの性質は「ズキズキする」「刺されるような」と表現されます
・痛みの部位での圧痛や叩打痛などはなく、ヘルペスを思わせる皮疹は見られません
・オキノームは30分ほどである程度効果があるようです
全身の精査を行いました
血液検査、CT、内視鏡など…
でもまったく問題が見つかりませんでした
先ほどの訴えをもう一度振り返ることで次の検査を行ったところ
脊椎のMRIで多発する脊椎への転移が見つかりました
(CTの所見だけに頼ってはいけませんでした)
痛みの性質や部位を考えると当然の結果です
「脊椎転移に伴う神経障害性疼痛」と診断し、薬剤の変更を行いました
医療用麻薬はオキシコンチンからタペンタへスイッチ
それまで使っていたタリージェを増量
併せて看護師さんが「痛みの日記」を作り、患者さんに指導をして毎日記入してもらうことになりました……痛くなる時間やNRSなどです
するとその翌日からずっと悩んでいた痛みはほぼ消失
日常の生活に戻られ、気にかけていた仕事にも復帰することができました
冷静に考えると問診から考えるべき病態でありましたが、「肺癌があるから癌性疼痛」という思いにとらわれて医療用麻薬だけに頼ってしまった結果、患者さんの苦悩を長引かせてしまったと反省しています
<Tさん>
肺癌の患者さんのTさんは首の後ろから肩にかけての強い痛みで悩んでいました
医療用麻薬の飲み薬でコントロールをはかる努力をしていましたが、痛みに耐えかねて緊急入院となりました
CTでは首や脇に多発するリンパ節転移、肺癌の増大を認めます
肺癌による痛みの悪化を疑い、急いで疼痛コントロールを図るためにモルヒネの持続皮下注射を開始しました
NSAIDsなども併用しています
治療により痛みはある程度抑えられるですが、薬の副作用のために眠気や倦怠感が強くなり、QOLが阻害される状況となりました
Tさんの訴えがややあいまいなこともあり質問の方法を変えながら問診を繰り返しました
・痛みの部位は後頚部と肩に集中していることがわかりました
・深呼吸では悪化しません
・リンパ節触診では痛みの訴えがありません
・上肢のしびれなどもありません
問診の結果にもとづき頸部のMRIを行いました
頸椎に大きな転移が見られたのです
これが痛みの元凶でした
そこで紹介元の病院と相談
緩和的な放射線照射を依頼することになりました
約半月後外来に来られた時、笑顔で「楽になりました。夜も眠れています」と言われ
もっと早くに対応ができていれば…と思った次第です
<Uさん>
かかりつけの先生からの紹介を受け入院となりました
腹部の癌の再発とのこと
腰や背中の痛みで終日悩まれています
しだいに医療用麻薬の貼り薬が増え、かなりの量となっていました
入院を受けるにあたり
大量の医療用麻薬の使用が気になります
過去に2回ほど同じような患者さんが入院され
入院当日から意識障害や呼吸抑制があり
医療用麻薬の過量による副作用と判断し、拮抗薬にて対処しなんとか回復にこぎつけたという経験があったからです
私たちはまずつぎのような方針で臨みました
*過量投与による有害事象対策としてナロキソンの準備
*貼付薬はある程度増量しても効果が思ったほど期待できないと考え、減量するとともにオピオイドスイッチングとしてオキファストの持続皮下注射の併用(投与量を減らして)を行う
同時に離脱症状にも備える
幸いにも危惧された問題は発生せず薬の変更はできました
しかし痛みはまだまだ続いています
そこで次に痛みの評価を原点に戻って行うことになりました
受け持ちの看護師さんの努力で痛みの分析を行い
Uさんの場合は「腫瘍による内臓痛」と「骨転移に伴う体性痛」、そして脊髄神経の支配領域に集中する「神経障害性疼痛」の混在であると判断しました
とくに神経障害性疼痛の関与が大きいことが共通の認識となりました
治療薬として
*医療用麻薬(貼付薬+持続皮下注射)は継続
*NSAIDs併用
*リリカを開始
(ステロイドはそれまでに処方されていました)
と方針を立てました
その結果
翌日からは痛みがかなりコントロールされたのです
座ることができなかった状態からギャッジアップで食事がとれ、睡眠が確保され、UさんのQOLは改善してきました
3人の患者さんに関わったことでもういちど大切なことを振り返ることになりました
*緩和ケア≒医療用麻薬ではないこと
*患者さんからの話を丁寧に聞くことから始めること
*必要な検査は躊躇せずに行うこと
*痛みの評価は毎回基本に帰って行うこと
―経験や主観にたよったり、我流にならないことです
*困ったときにはカンファレンスでみんなからの意見を求めること
を肝に銘じたいと思います