「犬たちはとてもかわいかったよ」

笑顔で話されます

 

その同じ日

受け持ちの看護師さんに思い切って相談をされました

 

「以前からずっとお世話になっていた先生に会いに行きたい

今までのお礼を言いたい」

 

この一言を

スタッフみんなと共有しました

――ぜひ望みを叶えたいね!

 

すでにベッド上で寝たきりに近くなっていたCさん

さらに医療用麻薬の持続皮下注射の器械もつながっています

 

ご家族と話し合いを持った結果

残された時間は多くないので

翌日に出かけましょう

ということになりました

 

リクライニングの車いすの手配

介護タクシーの予約

薬剤の準備

などなど急いで行いました

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ご家族には

道中もし病状の悪化があれば

すぐに病院にもどってくることを告げ

さらに私と受け持ちの看護師さんも同乗すること

の合意をいただきました

 

このときの看護師さんたちの動きはとても素早いものでした

 

スタッフひとりを付き添いに送り出すことについて

みんながすぐに集まって意思統一しました

私はとても感謝しています

 

 

 

――準備が整った日の夜のことです

 

Cさんはこの外出が最後となることを

十分に悟っていました

 

優しいお母さんの前で

涙を流されたとお聞きしました

 

また

「ふたりで○○を酌み交わしたいですね」

と診察のときに私が何気なく言った言葉を

覚えておられました

 

約束は果たさなければなりません

勤務時間を終えてさっそく

病室へ

 

一口ずつ…

ほんのりとした気分で

話をしました

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私はCさんに語りかけました

「今まで思いをため込んでいるのではと心配していました

でも今回お気持ちをいっぱい聞かせていただけてよかったです」

「さいごまでいっしょにがんばります」

 

Cさんの涙をみて

私も…

けっして○○のためではないと思います

 

いよいよ外出のときです

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Cさんはすべてを私たちにまかしたという表情をされています

 

外は快晴

少し汗ばむ陽気です

介護タクシーのなかはクーラーがきいて快適

 

道中

Cさんはご家族や私たちからの話に静かにうなづいていました

緊張が伝わってきます

 

15分くらいで目的の診療所に到着

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患者さんたちがたくさん診察を待っていました

 

ご家族からすでに連絡をされていたので

診察室に車いすごと通していただきました

 

さあ

長年お世話になってきた先生と

ご対面です

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顔をみるなり

Cさんから大粒の涙が…

 

私はCさんのそばにいたので

医師の言葉がはっきりと聞こえました

 

――私の医師人生は

  Cさんとともにあったのです

 

胸をうつ一言でした

(私も同じ言葉を患者さんに伝えることができるのだろうか?)

 

これまでの経過を報告して

診療所をあとにしました

 

 

 

それから数日後

Cさんはご家族みなさんに見守られながら

静かに旅立たれました

 

 

その間には

まったく食事がのどを通らなかったけれど

お好み焼きを食べたいと希望され

少しであるけれど

食べることができました

とご家族が喜ばれている姿も

見ることかできました

 

 

 

「入院患者さん」とひとくくりにはできません

人は様々です

お付き合いの仕方も当然異なってきます

 

緩和ケア病棟での

短いお付き合いのなかで

日常のなにげない会話のなかに

スピリチュアルな課題が見えてくることがあります

 

「寿命は短いのだからべつにしておきたいことなんてないです」

「だんだんと動けなくなってきて、今さら何ができるんでしょうか」

「外出がしたいなあ、でも家族に負担をかけてしまうのであきらめます」

など

 

元気な人からみれば

小さな望みなのかもしれません

 

何度もくり返しますが

日常のなにげない会話のなかで

不安や苦悩が

見えてくるのです

 

 

私の反省でもあります

どうしても薬に頼ってしまいます

 

スピリチュアルペインといわれている

患者さんの苦悩に

私たちの時間を

少しでも

使うことができるなら

(ある人は「時間を注射する」と言われていました)

 

これから

もっと考えていかないといけないテーマです

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私たちスタッフと患者さんとのお付き合いは平均すると30日前後

その中で残された時間を意味あるものにしていただきたいと思って

私たちは努力しています

 

それでも

「やりきった感」を感じることは

申しわけないことなのですが

多くはありません

 

Cさんは食事がとれなくなり

ずいぶんと痩せた状態で

入院してこられました

 

ご自分の病状はよくわかっていました

入院時のCさんの言葉です

「今は自分のことはできています

でもこれからはできないことが増えてくると思うので

そのときにはみなさんに助けていただきたいです」

 

看護師さんがご希望をたずねても

「これといって特にはありません

病院で過ごすほうが楽です」と

外出や外泊の希望もないと話されます

 

腹水でお腹が張っていても

食事は食べられ

自覚症状はほとんどありませんでした

 

身体的な苦痛を訴えられることなく

毎日が過ぎていきました

 

ご家族からも話をうかがいましたが

本人に任せます

と多くを語られることがありません

 

穏やかに入院生活を送られていました

 

私たちは

なんどか希望を聞こうと働きかけますが

いつも同じ返事

「とくにないのです」と

 

私は回診での簡単なやり取りだけですますことが多くなり

「Cさんってこのようにあまり多くを望まれない人なんだろう」

「この方はこのままでいいんだ」

と自分なりの解釈から

積極的な関わりが減ってしまっていました

263-01

しかし病気は少しずつ患者さんの体を蝕んできます

できることが少なくなってきました

 

Cさんは

「病気がわかってからいろんなことをしてきました

行きたいところにはほとんど行ってきました

だからしたいことは特にないんです」

と同じような返事のくり返しです

 

ある日のことです

 

受け持ちになった看護師さんとの会話から

看護師さん「私は緩和ケア病棟の看護師としてCさんに何かしてあげられることはないだろうか、Cさんが思い残したことはないだろうか、今だからできることがもしあるなら協力をさせてほしいです、力になりたいです」

ストレートに話されました

しばらく考えられたのでしょう

Cさん「調子のいいときがあれば外を散歩したい、私の地元なので懐かしい商店街に出てみたい」

と昔のことなどをいつになくたくさん話されました

「じゃあいい日に散歩の計画をしてみてください」と看護師さんに提案されるほど乗り気になったようです

 

その日の看護師さんの記録から

―――Cさんの何気ない一言ではあったが、この言葉、希望が実現できるように天気と体調を見ながら計画をたてていこう

だれと一緒に行かれるのかどこに行きたいのかの細かな内容を考えていこう

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ご家族とも相談をし

車いすの手配を行い

商店街のお店をピックアップし

 

いよいよ当日を迎えました

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患者さん、ご家族、看護師さん

そろって外出

私は玄関まで見送りました

記念写真もたくさん撮りました

 

商店街では夏祭りが開かれていたそうです

Cさんの一言

「やっぱり外はいいね

気持ちがいい

行けてよかった」

 

子どものときによく通った駄菓子屋さんもありました

またこんどは○○に行きましょう

と話されたとのことです

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さらにその翌日のことです

 

以前のブログに書いたセラピー犬の訪問がありました

散歩の疲れがあったにもかかわらず

犬たちが病室に入っていくと

満面の笑顔

いっしょに写真に写りました

 

 

これまで物静かだったCさん

やりたいことはとくにありませんと言われていたCさん

私たちもことあるごとに尋ねていました

 

しかし看護師さんとの日常の会話のなかで

したいことが見つかりました

そして実現にこぎつけました

 

このあとさらに

胸にずっと抱えていた望みを話されたのです……

 

 

 

認知症「神戸モデル」診断助成制度が始まりました

これは65歳以上の人を対象に、「診断助成制度」と「事故救済制度」を組み合わせたもので、全国初の取組みと言われています

当院でも院長を先頭に積極的に検診に取り組んでいます

そのときに思い出したことがあります

ずっと以前の学会に参加したときです

ある医師により紹介されました

『手紙  ~親愛なる子供たちへ~』

というスライドでした

樋口了一さんというシンガーソングライターの方が歌われていました

まずそれをご紹介します

手紙 ~親愛なる子供たちへ~

ある日

一通の差出人不明のメールが

角 智織さんという翻訳をされている方に届きました

――ポルトガル語で綴られた詩

それを樋口さんが歌にされました

詞に対して様々な思いをもたれるかもしれません

私は聴いたとき

優しい気持ちになりました

それからしばらく忘れていましたが

今回認知機能の検診が始まるということで

思い出しました

内容をあらためて読みかえすと

緩和ケアの分野に共通することが

たくさんあることに気づきました

人生の中での大切な時を迎えて

緩和ケアがそのときの支えになれれば…

書籍は角川書店刊です

CDもでています

このたび緩和ケア病棟開設の準備段階からかかわってくれていましたひとりの事務職員さんが職場を移動となりました

 

約5年間のご苦労と努力を労いたいと思います

 

この機会に「緩和ケア病棟における事務職員の役割」ってなんだろうと考えてみました

 

緩和ケアにおけるチームということで検索すると、おおむね次のような図が見られます

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https://www.juntendo.ac.jp/hospital_nerima/clinic/cancer/activity/kanwa_care.html

 

この中にはボランティアさんも欠けておりますが、「医療事務職員」の位置づけもはっきりしていません

医療ソーシャルワーカーはありますが、資格をもった専門職としての位置づけのようです

 

私は研修医時代から多くの職種の人たちとともに医療を担うことに恵まれてきました

医療事務や一般事務を担当する職員もその例外ではありませんでした

 

 

とくに頻繁に変更される診療報酬や様々な難しい制度に関して教えてもらったり、患者会では事務局的な役割を担ってもらいいっしょに取り組んできました

その中で医師として何が求められているのかを示唆してもらったりもしました

ともに悩み成長してきたと言っても過言ではありません

 

 

今医療の分野でもITなどの進歩に影響を受けながら、実務の多様化や複雑化が進んでいます

ますます多くなった医療・介護関連職種の連携はよりバージョンアップが求められ、その際の事務職員の努力に頼ることが増えてきました

 

 

☆私たちの病院が加盟している全日本民主医療機関連合会の文章から引用します(若干の改変をしていますが主旨は変わらないと思います)

『事務集団の役割』というテーマです

3点指摘されています

 

#1.正確な実務と統計・情報管理を担い、それを通して全職員参加の医療・介護事業と経営に貢献する

#2.無差別平等の医療と介護の深化・発展のために、多職種協働(多職種連携と言いかえてもいいでしょう)と人づくりをささえる

#3.憲法の立場で安心して住み続けられるまちづくりの活動の推進者とな

る(地域包括ケアのなかで)

 

そのためには一人ひとりが担当する分野で必要な知識を身につけることを強調しています

 

とても大事な役割であり、仕事です

だから他の職種からの信頼もここにあるのでしょう

 

 

さて医療事務と緩和ケア病棟とのかかわりなのですが

開設以降にはたくさんのことが前進しました

 

  • 面談の依頼⇒面談予約⇒面談⇒「登録」あるいは「入院のベッド調整」⇒入院、そして退院後の返信など

一連の事務作業は膨大です

このかたちができあがったのは成果でした

面談後の紹介元への連絡や入院依頼時のベッド調整も重要な役割です

上記#1に相当するでしょう

  • 私たちの病棟は年1回まとめの会議を行なっています

1年間の患者さんの統計を詳細にまとめてもらうことで、次の1年の課題を明らかにする議論の参考としたり経営の大切な資料となっています

この点も#1になるでしょう

  • 私たち医師や看護師が気づかなかった患者さんの経済的な面での困難を指摘されたこともあります

#2の課題です

  • 地域連携担当看護師と協力しながら他の医療機関との連携を進める窓口であり、医療生協の組合員さんが最初に相談にこられる窓口でもあります

#3と考えていいと思います

 

まだまだ書ききれないくらいたくさんの仕事をこなしてもらいました

この役割をつぎの人に引き継ぎながら

新たな任務でがんばられることを大いに期待して

送り出します

 

お疲れ様でした!

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梅雨が明けたはずなのに

湿気が多く寝苦しい夜のこと

 

病棟からの電話で気持ちが引き締まりました

 

――患者さんが急変されました

 

すぐに駆け付けたところ…

 

――ごきょうだいは来られました

でも奥様に何度も電話をしているのですが応答がありません

 

と、看護師さんもごきょうだいも戸惑い気味です

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ひとりで自宅で倒れているようならどうしよう?

耳が遠いとうかがっていたのできっと電話の音が聞こえないのでは?

夜が明けるまで待ちましょうか?

やっぱりなんとか連絡がとれないものでしょうか?

 

 

住所を調べました

患者さんと奥様が暮らしている住宅は

同じ建物に入っている老人ホームが見守りを引き受けてくれていることがわかりました

 

さっそく連絡です

深夜にもかかわらずご自宅を訪ねてくれました

 

――チャイムを押しても返事がありません

 

もういちどみんなで相談

「たしか玄関のあそこにカギを置いていると聞いたことがあります」

とごきょうだい

ホームの方にも伝えました

 

奥様は超高齢でした

患者さんの状態を伝えると動揺することが予測されます

お一人で病院まで無事に来てもらえるか心配です

 

 

――私が運転します

いっしょに迎えにいきましょう

 

とごきょうだいに提案しました

幸いにご自宅は普段から往診に行っている地域にあります

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だいじょうぶ

奥様は熟睡中でした

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やっとのことで起きていただき

焦らせずに準備を整え

ともに病院へ

 

最期のときを見守っていただくことができました

 

よくない状態であるとお話はしていましたが

急に変化があるとは予測していませんでした

 

奥様の驚きと悲しみはどれほどだったでしょう

 

お一人になられ

これからの生活が気がかりです

 

老人ホームの見守りにお願いせざるをえませんが

そのような環境にあることが唯一の救いになります

 

同じような高齢のご夫婦に出会うことが何度かあります

そのたびにおひとりになられるご主人あるいは奥様

これからの人生をどのように過ごされるのか

支える人はいるのだろうか

いつも気になっています

 

 

できるなら

私たちの病院が

少しでもお役にたつことができればなあ

と思っています

 

残されたご家族が通院されたり

往診をさせていただいたり

と、なんらかの関わりを継続していることがありますが

そうでなければ

今どうされているんだろうと気にかかる方々が少なくありません

 

残された人たちが

安心して生活できるような環境が

しっかりと整えられること

 

これも「地域包括ケア」の役割りだと強調したいと思います

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